十一話 取り調べを受けよう
「そこのダークエルフ、止まれ!」
街中。食料を抱えて歩いていたサーノと、桃を齧りながら先導していたオリヴィアは足を止めた。
「……えっと、これ降ろしていいか?」
サーノがオリヴィアにうかがうと、
「駄目です」
オリヴィアはにっこり笑った。
「ちぇ」
「荷物を降ろせ!」
つかつかと高い足音とともに、ふたりの目の前に現れたのは、ひとりの女性だった。
美しく長い銀髪、きりっと鋭く紅い双眸。身を包むのはきっちりとした軍装。
「……でっけぇな」
サーノは、きつく硬い軍装越しでも大きく張り出した胸部を見て呟いた。
「荷物を降ろせ、と言ったのだ」
凛とした声。女性は後ろの部下達に手振りひとつで指示を出す。
ガチャガチャとした金属音。
「……おいおいおい」
「あらあら、まあまあ……」
サーノに無数の銃剣が向けられていた。
「魔王軍のダークエルフがこの街に潜伏しているとの情報があった。貴様には取り調べを受ける義務がある」
「……なー姫さん、やっぱ荷物降ろしていいかな」
「軍人さん」
オリヴィアが女性に語り掛ける。
「このダークエルフは、スティンバーグ社爵がわたくしの護衛にと雇った傭兵ですわ」
「……すると、あなたはスティンバーグ社爵令嬢ですかな」
「はい、オリヴィア・スティンバーグ・フィッツヴィローニと申します」
ドレスを広げて、オリヴィアは静々と会釈した。
「なるほど。ですが我々も職務なのです。嫌疑が晴れるまで、しばしこちらのダークエルフを勾留させていただきたい」
「そうですか。先を急ぐ旅ではありませんし、平和のためにも協力させていただきますわ」
「お話がはやくて助かります。では……」
「ああ、でも待ってくださいまし。せめて、サーノの持った荷物を、わたくしの汽車まで運んでくださる方はいらっしゃいませんか?」
「……ヘレンとスシミア。エスコートして差し上げろ」
女性は背後で控えていた二人の部下に、サーノの荷物を持たせた。
「おーい姫さん!? なんで罪のないか弱いダークエルフを守ってくれないんだよ!」
いつの間にか交渉が終わっていたので、荷物を取り上げられたサーノは抗議の声を上げた。
「ごめんなさいサーノ、すぐ助けて差し上げますから。ね?」
「すぐっていつだよ!?」
「三日以内……でしょうか」
「その間冷や飯食わされるんだぞ! 他人事と思って……!」
「サーノは素直に正直に、ありのままを話していただければ、それで良いのですよ。やましいことなどないでしょう?」
「すまない、ダークエルフのお嬢様。これも職務だ」
「ええい、仕方ねぇ……! 妙な嫌疑で冤罪吹っ掛けるようなら、姫さんに頼んでてめー一生便所掃除だかんな!!」
「……心しておこう」
サーノの他力本願な脅しに呆れた女性は、オリヴィアに改めてお辞儀をした。
「お騒がせしました、スティンバーグ社爵令嬢。私は王領護警団ゲレプテン警隊第三副長、フィラヒルデ・ジンヴォルル。急ぎのご用事でしたら、詰所の当直に言伝願います」
フィラヒルデは名乗ると銀髪をなびかせ、すたすたと歩き去っていった。
サーノも両脇を武装した兵隊に挟まれて、ぶつくさ言いながら連れていかれるのだった。
「……スシミア様にヘレン様、でしたか?」
「は、はい」
オリヴィアはフィラヒルデ達を見送ると、荷物を協力して持ち上げている兵士に声をかける。
「荷物にもサーノにも傷はつけないでくださいまし。お金持ちは少々ご機嫌斜めですので」
「そっ、それは勿論」
「善処します、はい」
いつもよりはやい歩調で、オリヴィアは駅へ戻る。
「王領護警団ゲレプテン警隊第二副長、ベルラ・ミム。あなたの尋問を任されたわ」
褐色で軍服の女が、サーノの目の前に座りながら名乗った。
石造りの冷たい部屋で、サーノは椅子に座らせられていた。
机に手錠で紐付けられて、自力で移動することは難しい。
「……はやくしてくれ、何も悪いことなんてしてねぇよ」
うんざりした顔で、サーノはベルラを眺めた。
軍帽の乗ったショートの金髪。フィラヒルデより細身ではあるが大人の魅力は備えた肉付き。形の良い丸い耳にはひし形のピアス。透き通る群青の瞳。
「眼が特に綺麗だな。うん、海みたいだ」
「褒めてもらうのはありがたいのだけれど、それで尋問の手は緩められないの。ごめんなさいね」
「ちぇ」
ベルラは部屋の隅の兵士に目配せし、口述筆記を始めさせた。
「早速だけれど……まず、あなたの名前は?」
「姫さんに聞いてなかったのかよ……」
サーノは苛立ちで頭を掻きむしりたくなった。
「いいからさっさと嫌疑の本題に入れよ。ダークエルフが何しようとしてるって?」
「……」
ベルラはすっ、と冷たい視線でサーノを見つめる。
「……あなたの名前は?」
「ルールに忠実なのは結構だけど、こっちは急ぎ。今更誤認逮捕だって釈放もしないだろ? とっととはじめてくれって言ってんだよ」
「……。そう」
ベルラは何やら納得のいった様子で頷いた。
「じゃあ、お望み通り手短に。あなたはこの街になにをしに来たの?」
「オリヴィアの護衛」
「それだけ?」
「それだけ。街中にいられて困るんなら、野宿でもいいぜ。姫さんの文句が怖くなけりゃあな」
「そうは行かないわ。疑いがある以上、最低一晩はここで過ごしてもらわないと」
「くっそー、結局牢屋確定かよ。せめて一人部屋にしてくれ」
「ごめんなさいね。今、牢屋はどこも相部屋なの」
「なんて治安の悪い街だ」
大きくため息を吐いて、サーノはふんぞり返った。
「……ん?」
椅子ごと大きくのけ反ったところで、サーノは視界の隅に何か引っかかるものを覚えた。
ベルラの背後、出入り口の扉。ドアノブに違和感を感じた。
(……ドアノブ? 何が気になった?)
金属光沢の薄い反射光を返してくるドアノブは、至って普通の形状だ。
「……んんあー?」
行儀悪く椅子を仰け反らせたまま、高い位置にある鉄格子を見上げる。
空は変わらず赤く曇っているが、明かりが必要ない程度の日の光は差し込んできている。
「……どうしたのかしら。脱出経路の確認?」
ベルラの声で、サーノは意識を尋問に戻した。
(何の変哲もねぇ取っ手だろうに……おかしい要素あったか? 神経詰まってんのかな、らしくなく)
「取り調べを続けるわよ。手荷物は?」
「……持ち物はなんもなし」
手のひらを見せて、手ぶらをアピールするサーノ。
「ダークエルフで傭兵やってると、最低限の金だけ持ち歩きゃあいいのが気楽だよな。今は世界中に銀行なんて便利なもんも溢れてて、薄っぺらいカード一枚で生きていける」
「旅をするなら、食料も必要でしょう」
「スティンバーグ社爵令嬢は太っ腹なんだぜ。衣食住は完全に向こう持ち。汽車だからちょっと寝心地はよくないがね」
「……武器とか、汽車に置いてないの?」
「しつこいな。身体ひとつと魔力制御で食ってるエルフの傭兵なんざ、珍しくもないだろ?」
「……それもそうね。じゃあカードはどこに?」
「魔力に分解してある」
「ぶ、分解!?」
ベルラはガタリといきなり立ち上がった。
その顔は驚愕に満ちている。
「……大袈裟だなぁ軍人さんよ。魔法はなんでもありだぜ」
サーノはにやにや笑いながら、右の手のひらを机に置いた。
密着した手と机の隙間から、紫色の光が漏れだす。
「……う、噂では聞いてたけれど、本当に物質の分解と構築を魔法でやってのける亜人がいたなんて……」
「簡単じゃあねぇんだなこれが。この、ぺらっぺらの板一枚をどうこうするだけで……」
光が消えて、右手を退けた場所には、緑色のカードが一枚伏せられていた。
「なんとおおよそ五十年練習した。そもそもそれ以前に、六百年ちょっと訓練したから、人間には無理だな」
「ろ、ろっぴゃく……」
開いた口が塞がらない様子のベルラ。
サーノが指を弾くと、カードは光の粒になって消え失せた。
「そんで、尋問はまだ続く? いつになったら寝床に案内してくれるのやら」
「……え、ええ、もうちょっとだけ付き合ってちょうだい」
そこからの尋問は、かなり温く形式的なものだった。
サーノはしばらく己のあくびの回数を数えていたが、七回から先はやめた。




