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十話 朝ご飯を食べよう

「爆進さん、おやつの時間ですよー」


 ペペは点滴スタンドに桃色の液体が詰まったパックをセットした。

 青く光る心臓が嬉しそうに脈動している。


「えへへ、いちご味だってオリヴィア様言ってました。お仕事頑張ってくださいね」


 触手が手を振って答えるように揺れた。

 外の景色は真っ赤な曇天だが、夜が明け始めた頃だ。







 ペペは朝食を乗せた台車を押す。


「サーノ様、おはようございます。朝ごはんですよ」


「んゆ……」


 客席ふたつを占拠して横に寝ていたサーノは、目を擦りながら身を起こした。

 毛布が床にぱさりと落ちた。


「……んあ、おはよペペ……」


「先に顔洗いますか?」


「ん、いい。メシ食う、腹減った」


 ペペがテーブルにことりと置いた皿には、ハムと葉物野菜のサンドイッチが四切れ。

 グラスに薄いワインを注ぐと、サーノは目に見えて喜ぶ。


「おっほ、これよこれ。姫さんの護衛で一番何が得かって、毎日ワインが飲めるとこだよな」


 いきなりグラス一杯を飲み干すと、「おかわり!」とばかりに空を突き出した。


「そんなに嬉しいんですか?」


「ペペは未成年だもんな、高いアルコールの有難みはまだわかんねぇか。そのうち理解できるさ」


「あんまりしたくないなぁ……あむ」


 ペペは自分用のサンドイッチを食べた。


「ん、おいひ」


「姫さん来るまで座って食えば?」


「オリヴィア様に嫉妬されちゃうから、いいです」


「なんだそりゃ。何にやきもち焼くんだよ」


 きょとんとした顔でむしゃむしゃとサンドイッチをかっ込むサーノを見て、ペペは呆れて呟いた。


「無自覚、なのかなぁ……」


「何が? 食わねぇならもう一切れもらうけど」


「あっ、それは駄目です。私育ち盛りなんですよ!」


 ペペは自分の分の皿を抱えて、通路を挟んだ反対側の座席に逃げた。


「サンドイッチふたつで育つもんがあるかい。もっと肉食え肉」


「食べ過ぎもはしたないですし……」


「乙女心だねェ~けど若いうちに食っとかないとダメだぞ! 身体育たないから」


 あっという間に朝食を食べ終えたサーノは、食器を台車に戻した。


「エルフってみんな華奢だろ? 木の実ばっか食ってるからそうなるんだ」


「確かに、サーノ様も幼いですし」


「この容姿は個体差ってヤツな」


「……やっぱり、気にしてらっしゃるんですか?」


 遠慮がちにペペは聞いてみた。


「その、子供みたいな姿のこと……」


「気にしてないわけじゃあないんだけど……育っちまったもんはな」


 サーノは特別気にもせず答えた。


「それに、手持ちの手札でやり繰りするのが傭兵ってもんだ。これはこれで便利な部分もある」


「便利って?」


「悪い奴が油断する」


「……」


 ペペはサーノの全身を改めて眺めてみた。

 ペペより少し小さいくらいの小柄な身体、褐色の肌に右肩の刺青、ウェーブがかった青い髪に黄色のメッシュ、ラフな格好で座席に足乗せて大股開き、生意気そうなエメラルドの瞳。ぴくぴく揺れる長い耳。


「確かに私でも勝てそうな悪ガキ……えっ、耳揺らせるんですか?」


「今悪ガキっつったな?」


「聞き逃してください。それより耳です耳」


「意外と話題運びが強引だなお前……。そりゃ耳だって神経通ってるもん、当然動かせるだろ」


「へー……ちょっと触ってみていいです?」


「えっ!?」


 ぎょっとした顔でサーノは耳を押さえて、窓際まで後退った。


「だ、駄目だ絶対ダメ。神経通ってるからさ、足の裏みたいなもんだぞ」


「……ふーん」


 ペペは今まで見たこともないような、悪いほほ笑みをニヤリと浮かべた。


「あとでオリヴィア様に報告しよっと」


「ペペ、てめぇ!? 姫さんと長くい過ぎてちょっと毒されてやしねぇか!?」


「お駄賃くれるんですよ、サーノ様の弱点教えると」


「オリヴィアァッ!」


「ふふ、冗談です。報告したら、サーノ様が可哀想ですから」


「弱点報告ボーナスは嘘なんだよな?」


「ところで、やっぱり耳触ったら駄目ですか?」


「先に質問に答えろ。オリヴィアにチクったら給料増えるってのは嘘でいいんだよな?」


「それは、オリヴィア様の性格を考えれば……」


「……よし、こうしよう」


 サーノはぐい、とペペに顔を近づける。


「姫さんがいないとこでは自由に触っていいから、報告は絶対するな」


「え、でもお賃金」


「エルフの耳は、裏社会だとキーホルダーにされて、ストレス軽減のためにずっと撫でまわしてる変態だっているんだぜ」


「なんですかその知りたくなかった猟奇的な世界……」


「高級耳だぞ、そいつを触り放題。なあ頼むよ、姫さんに弱み握られちゃあ、何されるかわかんねぇ」


「ええー……」


 めちゃくちゃな交渉ではあるが、実際ペペも好奇心には抗えなかった。


「じゃ、じゃあ……触りますよ?」


「どんとこい」


 おずおずと手を伸ばすペペ。


「……んっ……」


 やたら艶めかしい声がサーノから漏れて、ペペは大変どきりとした。

 ついでに勢いあまって、耳を鷲掴みにしてしまった。


「いでででででででででっ!! あがっ、は、放せ手っ!」


 サーノは隣の車両にも届くような大声で痛がった。


「あ、ご、ごめんなさい」


 慌ててパッと手を放すペペ。涙目でひりひりする耳を押さえるサーノ。


「うひぃ……すっげぇジンジンする。ふざけんなよペペ」


「そ、そんなに痛いんですか……?」


「画鋲踏んだら痛いだろ?」


「それはすっごく痛いです。はい……すいませんでした……」


「反省してるならいいよ。で、感想は?」


「えっと、こりこりしてて、なのにふわふわ柔らかくて、すべすべで……」


「お、おう。満足してくれたんなら、報告はなしだぜ。女の約束」


「は、はい。それはもう、女の約束です」


 まだどきどき高鳴る心臓を感じながら、ペペは頷いた。


「……オリヴィア様の気持ちがわかった気がします……色っぽかったなぁ」







「サーノ、ペペ、ごきげんよう」


 気品あふれる真っ赤なドレスをまとって、オリヴィアが現れた。


「ん、おはようさん」


「オリヴィア様、おはようございます。朝食をどうぞ」


 サーノの目の前の座席に座ったオリヴィアに、サンドイッチの皿と薄いワインを置くと、ペペは一歩下がって待機する。


「ふふ、今日も空が赤いですわね」


 頬杖をついて、窓の外を眺めるオリヴィア。ちょっと仕草のひとつですら、絵画の題材になりそうな華やかさをたたえている。


「お父様が旅に出てから、そろそろ三か月ですわね。結構長引いていらっしゃるようですが……ぱく」


 オリヴィアは小さく口を開けて、サンドイッチを齧る。


「行儀がいいねぇ。小鳥じゃねぇんだから、一気に食っちまえよ」


 まだるっこしさを感じたサーノが茶々をいれた。


「そのようなはしたない真似はできませんわ、サーノ。淑女たるもの、衆人の有無にかかわらず、己を律して──」


「わぁったわぁった、悪かった。食事くらい好きにすりゃあいい」


 長いマナー心得を語り始めたので、サーノは適当に手を振って聞き流した。


「クソジジイのことなら、魔王軍様が暴れまわってるからな。それで交通網もズタズタだから、どっかで足止めくらってるんだろうさ」


「……そういえば、これは聞いておこうと思って、すっかりタイミングを逃していたのですが……」


 オリヴィアは食べかけのサンドイッチを皿に置くと、いつもの柔和な表情を消して、冷徹な瞳でサーノを見る。

 どうやら茶化せる雰囲気ではない、と悟ったサーノは居住まいを正した。


「サーノは、何故魔王軍に参加せず、人間の側についたのですか?」


「……え、それ前に話さなかったっけ」


「しっかりとした言葉では聞いていませんでしたわ」


「そうだっけ……まあ何度話しても困る話題でもないしな……」


 サーノは少し考えてから言った。


「……なんていうか、バランスなんだよな」


「バランス?」


「亜人連中は、『人間よりはるかに魔力に秀で、身体的にもあからさまに優秀な我々が、何故人間などという弱小ないち人種に媚を売らねばならないのだ。人間は我々が力づくで従えるべきではないのか』って考えで、魔王軍を旗揚げしたんだ」


「そうはおっしゃっても、人間が他の亜人種を差別的に扱ったことはなかったはずです」


「ひょっとしたら、辺境の田舎とかではあるかもだぜ。これは例外だろうけど」


 サーノは髪を弄りながら語る。


「もともと持ちつ持たれつの関係だったしなぁ。むしろ人間は、積年の叡智と肉体的強健さで発展を引っ張ってくれた亜人様達には、心から感謝してるはずだぜ。教会の絵画だって、九割亜人だろ」


「確かに、科学の発展の陰には、今日までわたくし達を世界の一員として支えてくださった、多くの亜人の方々がいらっしゃったはずです」


「けどまあ、人間に付き合いたくない性格の亜人種が住むような村々も、どんどん人間の発明品で埋まっていってね」


 発明品の代表とでも言いたげに、サーノは汽車の壁をこんこん叩いた。


「短命な人間野郎に管理されてるみたいだ、なんて言い出した奴がいたわけだ」


「プライドを傷つけられた方がいらっしゃったのですね」


「『魔王の血』が長引いてて、世の中に終末論が流行りだしてたのも悪いタイミングだったな。世界が我々に覇権を握れと語りかけている! なんて張り切っちゃって、まあ……」


「それで、魔王軍の成り立ちはともかくです。サーノ、あなたは何故、魔王軍に合流しなかったのですが?」


 オリヴィアは話を戻した。


「護衛を続けていただく以上、考えは知っておきたいのです」


「この先またテロリストに遭わない保障もないからな、そりゃ当然だ。いざってときに逃げられちゃあ困る」


「ええ。サーノに限って、そうはならないと信じてはいますが」


「信頼に応えられるような、感動的な理由なんてないんだけどな……」


 サーノはばつが悪そうに言った。


「長い人生ならぬエルフ生に、刺激を与えてくれるのは、いつだって人間の変態だ。劣勢なら手助けが要るだろ」

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