ムヒっ?!
ツォンカパが名を呼んで、こちらを向いて、俺の首筋から飛び立つ緑色の光を、蚊を叩くように潰す。
何が自分の身に起きたのかだけは――想像がついていた。ナアス蠅に刺された。それで間違い無い。
とは言え今、自分の身に起こっていたことは到底「虫刺され」などと、呼べるような生易しいものでは無かった。
首筋の刺された箇所は、握りこぶしほども腫れあがって、さらには激痛に加えて、眩暈に吐き気、脱力感に高熱が全身を襲い始め
ほとんどの外傷を短時間で治してしまう、このふざけた身体にも――信じられない痛手を与え続けていた。
ナアス蠅の攻撃が執拗さを増す。
集まって来た翅虫は、何度も何度も全身を刺して、俺の身体が修復される暇など、与えてはくれない。
そばに立っていたツォンカパも、同様に翅虫に集られて
この信じられないほど頑強なオークは、槍を支えになんとか踏ん張り、立ち続けていたが――じきに力尽き、その巨体を俺と並べて倒れ伏した。
周囲を満たしていた喧噪も――気が付けば、虫の羽音と物が燃える音。そして、ワーグの遠吠えだけに。
* * *
ナアス蠅に刺され、顔は腫れ上がり――目は、ほとんど開くこともできない。
毒と発熱で意識は朦朧としていたが、俺たちに悠々と近づいて来るワーグの長を ぼやける視界で捉えていた。(……?)
歪む視界の中でワーグたちが首に、小さな匂い袋のような物を提げているのが見える。(最初に襲って来た時には、提げてはいなかったハズなのに……それ以前に、どうやってそんな物を?)
倒れて荒い息をするツォンカパの頭をワーグの長は、忌々し気に前脚で踏みつけ、喉を鳴らして唸る。
「……ヨクモ……ムレヲ……ココマデ…………ニク、……ドモ……」
なんのことは無い。
予想以上に手痛い反撃を受けたから――恨み言を聞かせに、いらした訳だ。




