群れの長
ワーグたちは静かに唸りもせず、喉も鳴らさず、ゆっくりと近づいて来る。その内の一際、大柄な1頭が群れの中から現れる。
「……出会った者には、必ず問う、オークのしきたりもあるが……。獣に問うても仕方は無いな……」
ワーグの姿にも、まるで怯む様子を見せないツォンカパ。
俺の方はといえば、既に逃げ出したかった。……が、膝が笑ってしまい、それもダメそう。
ツォンカパが、ゆっくりと手を上げ、合図をしようとした、その時――
「……ニク……ドモ……ヨ……」
群れから、出てきた――リーダーと思しきワーグの口から、オークの言葉が、絞り出すように漏れ出してきた。
* * *
合図を出そうと手を上げかけたツォンカパだったが――ワーグの口から漏れ出した声が、オークの言葉であることを理解すると、その手を静かに下ろしていた。
「……長く生きると、おかしなものに出会うものだ」
(い……いいから! さっさと合図をしろよぉ~!? ツォンカパぁ!)
内心、必死でツォンカパに訴えかけるも――
そばにやって来たワ―グの恐ろしさに、声ひとつ上げられない俺は――ことの次第を成り行きに任せる他無い。
「……ワーグの長よ。貴様が求めるのは闘諍か」
ツォンカパは、俺と初めて出会った時と同じように、ワーグに問いかける。
その問いと同時に、周囲を取り囲むワーグたちからは、まるでツォンカパを嘲笑うかのような鳴き声。
ワーグの長が、再び口を開く。
「ト……トウ……ジャ……ウ? ……ヒ……ツヨ……ウ……ナイ。タダ、ニ……ク……ノミ……ヨコ……セ」
飢えた獣の口から発せられた無慈悲、極まる宣告。
「……闘諍の末に破れたならば、それも本望であったが……。さもしい望みだったか……」(ツォンカパ! ツォンカパ! ツォンカパぁ! 早く合図! 早く合図!? 合図~っ!!)
必死に目で訴えかける俺を、ツォンカパは一瞥すると。今度は、迷い無く手を掲げ――周囲に潜む、オークの戦士たちに合図を送った。




