厄介事の先触れ
「それは……マジ……です……か……」
椅子に掛け直した俺は、背もたれに身体を預けてぐったり。
机におしりを乗せて、ネルは話を聞いていたものの「ま、縄張りの管理は、オスの仕事だし」と、早々に興味も無くして、自慢のブロンドを指で弄り出した。
「マジですって。契約に縛られる悪魔が、主人に嘘を言えるとでも?」
「魔素の件もあるし、お前のその手の戯言には、眉に唾つけて聞くって、決めたんだ……俺」
まあ、魔素の件は――別にこの悪魔に、何か落ち度があったと言う訳では無く、強いて言うなら、自分のせいだと言えるけれども……。
アルパゴンの口から聞かされた夢魔たちが、眠るエルフの娘から窺い知ったと言う、その記憶は、平穏な生活だけを求める俺にとって、迷惑この上無いもの。
当然の事ではあるけれども、別に彼女が、俺たちに対して迷惑を働いた訳では無い。
彼女のお名前は疲労による意識の混濁が無ければ――との補足が付いたが、夢魔たちが読み取った名はルチェッタ・ゼブルンヴァリ。この『うろくずの森』の更に奥、集落を築いて生活していた方々のひとりらしい。
(衛星使っても分からんわなぁ……それ以前に、法皇が認めたウチの敷地内か、どうかも怪しいけども……)
彼女は――ただ、ありきたりな不幸に遭ったエルフだと言うだけ。
逃亡奴隷らしかったが、彼女が何故? その様な身のやつし方をしていたのかについては、夢魔たちも「深く」探って見ない限り、分からないらしい。
流石に見ず知らずの……苦界に身を置いていたのだろう、女性の心の内を無闇矢鱈と暴き立てる気にはなれない。
俺は一通りの話を聞き終えるや、頭を抱えていた。
「ウチって……魔境扱いされちゃってるのか……」




