生魚に皆んな尻込み
トーヴェとオークの娘たちを除いて、生魚に怯まない、シルウェストリスの住人は皆無と言って良かった。
それどころか『寿司! 寿司!』と、うるさくしていたヴィルマですら、初めて見る寿司を、最初こそは物珍し気に喜んではいたが いざ、それに手をつける段になると
「……あぁ……うん……やっぱり……なんだか……もう、いいかな……なのじゃ」
物怖じした様子で――普段、傍若無人が服を着て歩いている様な娘にしては珍しい反応を見せた。
こちらの住人が口にする機会が無い米も、彼女たちを物怖じさせる一助に。酢飯の香りが腐敗した食べ物を想像させるらしい。
朝の食堂に並ぶ寿司桶。ネルも俺も、皆に勧めるが早いか、桶に手を伸ばして、もりもり口に運ぶ。その様子を見る皆の目は信じられない、ゲテモノ食いの様を見るかのよう。
(この人数分の寿司が余ったら……どうしよう)
小太郎と花さんを呼んでおくべきか? 不安を覚え始めたところで、意外にも――皆の先陣を切って、寿司に手を伸ばしたのは、アルシェノエルと、ロザリンドの2人。
「まぁ……変わった食べ物が登場するなんて、晩餐会では珍しくも無いですものね」
彼女たち2人は周りの皆が、そっと止めるのも聞かずに、ネタとシャリのバランスが江戸前寿司とは異なる――いわゆる女郎寿司などと呼ばれる、着物の裾をぞろ引かせる遊女のイメージを持つ寿司を手に取る。
「……そう言えば、この屋敷に来て以来、カトラリーを使わずに食事をするのも……久しぶりだ」
彼女たちは、俺やネルを真似るように寿司で、小皿の醤油を2~3回つつくと、それを口にした。
その一瞬に、先日の馬上槍での果し合い以外で――かつて これほどまでに屋敷の皆の、緊張した表情を見たことは無かったかも知れない。




