逃げられないんでしょ? ……知ってる
「どうしたの? 春夏秋冬くん?」
訪れた理由を聞く教授。
覚悟を決めて――昨日の講義でのことをお詫びして、店長に持たされた1本のワインを差し出す。
少し、戸惑った様子で「こんなこと……してくれなくても、良いのに……」と、言って下さった教授は、俺から受け取ったワインのラベルを見るや「こんな高い物……受け取れないよ」
価値も分からない俺が、これを持っていても意味も無い。隠し持っていた所でネルに嗅ぎつけられて、飲まれてしまうのは目に見えてる。
ご笑納戴くべく、頭を繰り返し下げ続けると「……じゃあ、これは……僕が最後の晩餐を迎える日にでも……とっておきの1本として、開けさせて貰っちゃおうかな?」観念したように、教授はそんなことを口にし、笑ってくれた。
* * *
挨拶して退室すると俺は、緊張感から解放されたことで、壁にこびりついて、ズリ落ちる何かの様に、崩れ落ちていた。
――自業自得でしかないにしても。くたびれ果てた俺は、研究室を出た後。昨夜、店長が、しばらくバイトを休んでいいと言ってくれたことを思い出して、今日は早々と大学も切り上げ、アパートで自堕落に過ごそうかなどと、考えていた(久しぶりに誰かと、麻雀も……良いかも知れない)。
キャンパスの正門へと向かっていると、何かを遠巻きに囲む、学生たちの姿が目に留まる。何事かと思いはしたが、黒山の人集りに囲まれて、その中心は見ることはできない。
特にそれに興味があった訳でも無かったが――トーヴェに貰った、大気の流れから周囲を把握する知覚を無意識にONにしようとした、そんな時。
「あ♪ 来た来た。アンタぁーっ♡」




