マゾッホを蔑む配列
(に、逃げたい……)
柔和な表情の教授が悲し気な表情で俺に告げる。
「……ごめんね。元から多分、使いこなせた子なんだね。凄く、発音も勉強したのが分かる……綺麗な発音だったね。僕が……講義するクラスの……学生が足りないって言ったから……君、来てくれたんだよね……ありがとう。でもね……重ねて、ごめんなさい……僕に、君を教えてあげることは、できないんです」
俺は――このフランス語の講義と言うものは、好きでは無かった。
理由は、ひたすら苦手だったから。俺のそもそもの頭で習得も、理解できる難易度も超えていたから。けれども俺は、この優しい顔をした……歳の行った先生のことは好きだったと言うのに……。
俺の不注意から、師から下された好ましくない免許皆伝。
そこですぐさま、なにか言い繕って見せることが、できさえすれば良かったが――如才のない咄嗟のコミュ力など、持ち合わせていようハズも無く……。
皆が向ける視線に、俺は耐え切れ無くなり、申し訳無さから深々と教授に頭を下げると、教室を飛び出していた。
* * *
なんかもう自分をぶん殴ってくれる人は居ないものかと――バイトに向かう道すがら。血に飢えたサメの様に目を剥いて、義妹トーヴェがくれた知覚まで、ONにして歩き回って居たと言うのに……。
ここは、法治国家日本。
血の気の多い、世紀末なメンタルをお持ちの方なんかに、そう都合良く、お会いできることなど無く――バイト先に到着。
(こうなったら、バイトの終わりにでも、店長に……今日やらかしたことを掻い摘んで、お話して……『バッキャロウ!!』と、普段なら絶対に御免被りたい、チビりそうになる激怒モードの店長に……一発ぶん殴って頂こう。……そうしよう)




