……出掛けるか 【Picture】
俺が現世と勝手に呼ぶ、こちらの世界。それまで、俺が暮らしていた世界。こちらの時間で、ほんの少し前。成り行き上、一軒家を手に入れた訳だが、そちらには向かわず、気が付けば住み慣れたこのアパートに戻っていた。
アパートを引き払わずにいた理由にも、仕方が無い理由がある。
家賃の一部を支払ってくれていた実家に、なんと説明すれば良いのか、考えつかなかったと言うのもあったが、仮にその説明を成し得たとして「どこに住むの?」と、聞かれた際に、まさか一軒家を買った……などと、一介の学生の分を超えたことを説明する訳にもいかない。
これに対しては、申し訳無いものを感じるものの――実家への説明は、不可能と考え、棚上げを決め込むことにした……次第。
(……それに)
こちらの世界を出てから、まだ1ヶ月も経ってはいない訳だが、短い時間とは言え、一緒に暮らしたネルの香りが、かすかに残る――この部屋。
この部屋を引き払うと言うのは、なんだか躊躇われた。
「ままのこと、ぱぱ大好きなのにねぇ?」
見透かしたようにトキノが、そんなことを口にする。
ノートPCのカメラに、なにか新しいセンサーでも組み込んでみせたのか? と有り得ないことを一瞬、考えてはみたが――当然、あるハズも無く。
別にトキノが、俺の胸中をセンサーの類で解析してみせた訳では無いのだと、理解し、安堵すると――俺は狭い部屋の壁に、もたれかかるように腰掛けていたベッドから立ち上がり、財布とスマホを握り締めた。
すかさずノートPCの終了処理を行い、スマホに移るトキノ。
「ぱぱ、お出かけ?」
久しぶりに、こちらの生活を静かに送りたかったと言うのが、正直な所ではあるけれど、彼女くらいであれば……特に、そう面倒事も無いに違い無い。




