醤油に泳ぐ、ベーコンエッグ
ネルの隣で、朝食のベーコン・エッグに醤油差しを傾けていた俺は、ここ最近身に付けた――この独特の空気に対する知覚に没入してしまい、気が付けば並々と醤油を注いでしまっていた(……どうしようこれ。勿体無い)。
――何とは無しに、隣に座るネルに ふと目をくれる。
昨日は早々に不貞寝を決め込んで、今日の朝は朝で。すこぶるテンションが低かったにもかかわらず――まるで競馬場のおっさんが、単勝で買った自分の馬券の馬が、前に躍り出て来た時に見せるような血走った目を剥いて、喜悦に顔を歪ませていた。
そろそろ……連れ添って、長いけどさ。お前の頭の中身ってホント、分からない。どう言う反応なのよ? それ……。
アルシェノエルに問い質す、デズデモーナに目を戻すと、彼女は「良かったぁ~♪」と、嬉しげな顔。
「つまり、あたし。旦那様の妻の一人として、この屋敷に居続けて良い訳よね? 妻の資格を手放さなくては、ならない様な事は…… 一文も文書に無かった訳よね?」
別に……結果はどうあれ。彼女を屋敷から追い出すつもりなんて無かった訳だが、改めてそれを聞かされると――逃げたい。
「そのはずだが」
アルシェノエルが、のちほど改めて、確認のために文書を開示しても良いが? と、訝しむ様に訊ねると――
「要らないわ、ありがと」
そうとだけ答えてデズデモーナは、俺とネルが、いつも座る席の側へと やって来た。
「デズデモーナ……」
嬉しげに口元を押さえて声を震わせるネル。その様子にニコッと微笑んで返す、彼女。
「御姉様っ♪ 結果は、ご存知の通りとなりましたが……私、旦那様のお世継ぎを、このお腹で生ませて頂くことに決めました」
彼女のその一言にざわめき立つ、食堂に集まった面々。




