ヴィルマ、レトルト・カレーに号泣
大人数を賄う料理を作ると言うのは、それなりの難しさを伴う。不思議なほど、料理に関しては、天性のセンスめいたものを見せるネル以外に、この仕事をこなせる人間は、屋敷には他に居なかった。
勿論、時間さえあれば人海で、どうにかしてしまうことも可能ではあるのだが……。
「スシじゃと言ったのに……スシじゃと言ったのに……わしは、わしは……カリフォルニアか、サーモンか、アボガドとシュリンプを……食べてみたかったのじゃ……ああ、コンビーフ……コンビーフも捨てがたいのじゃ……」
未練たらたらに――ヴィルマが寿司屋の出前で注文しようものなら即、電話を切られそうなネタを口惜し気に並べ上げる。
「に、に、に……にぃたま……じ、じ、じかん……」
この屋敷の一体、どこにあったのかは不明な、小学校の給食係が着るスモックに、三角巾を頭に被ったトーヴェが、死んだムーミン・トロールの眼で鍋を見つめ、時間を報せる。
先日、屋敷に雪崩れ込んだ、狼藉者たちは「コレ」を食料だとは理解できなかったらしい。お陰で俺たちは今夜、ひもじい思いだけはしなくて済む訳だが。温め終えたパウチを笊に上げ、湯を切ると、そのひとつひとつの中身を、我が家のおチビさんたち用に甘口だけは別にして、鍋に再び移し――辛さとチャツネを足して、食堂に運び込んだ。
* * *
「こ、この……煮込み料理の様なものは……まさか……香辛料、そのものを……スープで伸ばした物なんです……の?」
そう言えば、バイト先の店長も言ってたっけか? フランス人は、兎に角辛い物に弱いらしく、辛い料理は「ひとつの宗教と100のソースがある」と嘯く国であるにもかかわらず、たった一つの辛いソースを使った古典料理以外、お目にかかる機会が、ほとんど無いのだとか……なんとか……。




