現世は遠くになりにけり
「……うん。やっぱり……イイわ」
「……なにがだよ?」
稽古の後の「御褒美」をネルから賜った、その日の夜。ベッドで横たわっていた彼女が、そんなことを口にした。
「気付いてないの?」俺の問いかけに、少し驚いた顔で身体を起こして、ネルが聞き返す。
「なんだよ?」
御褒美あとの気怠い空気ひととき。
ネルとのやり取りに癒されつつ。話をしていたらネルは、少し嬉しそうな表情を浮かべ……。
「ツォンカパさんに、稽古をつけて貰うようになって、アンタ変わったわよ。 なんかね? すっごいパワフルになった♪」
「あ~あ~あ~っ。生々っしい~ィ。聞きたくなぁ~い。聞きたくなぁ~い」
相変わらず赤裸々に過ぎる、コイツの この手の話は──賢者モードの俺には胃もたれさせられる。
「それにね? ちょっと立ってみて?」
「?」
言われるままに──ベッドの脇に裸のまま立つ。ネルも続けて立ち上がる。
窓から射す月明かりに照らされた、ネルの身体を目にした俺は──出会ってから、もう20年近くになるというのに、何ひとつ変わらない、その美しさに目を奪われていた。
「ふっふっふぅ~♪ ずっと綺麗な、つがいで良かったわねぇ? アンタ、ほんとラッキーよ♪」
出会った日の──あの夜と同じように、俺の考えを読み取って、自信たっぷりの笑顔。
「んで? それでなんだよ? 俺が何に、気付いていないって?」
それが無駄なことであるのも忘れて、話を逸らそうとする俺。
「気付かないの?」
そのことにネルは触れなかった。コイツは時々、こういう気遣いを、見事に働かせてみせた。……ただ単に、取り沙汰するまでも、無かっただけなのかも、知れなかったけれど。
「?」
「気付かないかぁ……。人間のオスって、この手のことに、ホント気付かないわよねぇ。アンタ、以前と目線の高さが変わったと思わない? 多分、10㎝以上は背が伸びてるんじゃない?」
言われてみて初めて。ネルと出会った時の彼女からの視線と、今の彼女の見上げ方が、違っていることに気付いた。




