貴族も震える貯金箱
デシレアが「貯金箱」と口にして憚らない、緑龍銀行の影響力を想像した彼女の怯え様は、見ていて気の毒が過ぎるほど。
話の流れ次第では、口添えを考えていただろう仲間たちも一様に口をつぐんで、それぞれの実家への飛び火は免れようと、固唾を呑んで見守る始末。
「……デズデモーナ」名前を呼ばれた彼女は、絶望的な表情で、鞭で打たれた様に身を強張らせた「選べ。おまえの実家が緑龍銀行の……デシレアのオモチャにされるのが良いか――それとも」
「ツぅムぉイ・ヒーガタ! ヒトトンセ辺境伯!」
見かねたアルシェノエルが声をあげる。……て言うか、誰だよそれ。ヒトトンセとか、初めて呼ばれたわ。ナニ人だよ。それよりも……俺の名前って、こちらの人間の名前としちゃ、これでもか! ってくらい馴染まねぇんだろうな……と言うか締まらねえ。なんとか、ならんもんか……。
諌止の声に添えられた、自分の名前の響きの珍妙さ加減に、こちらで名乗る名前について考える必要性を確認し、そのことで脇道にそれかけつつあった思考を今、この場に則したものに軌道修正。
「……お前の御父上へのお使いとして働き、そして向こう一ヶ月。俺の可愛い……チーズたちを磨く、助手を務めるかを……」
俺が、醸し出した茶番の空気に部屋は、水を打った様に静まり返る。
「こ、後者で……な、何卒……後者で……お願い……致します」
* * *
その後、デズデモーナは指輪から呼び出した甲冑に、何故か大慌てで着替え、完全武装で身支度を整えると(いつのまに指輪に結び付けたんだ……あの鎧)、俺からの言伝――
「お贈り頂きました領民の方々ですが、次はもう少し、手習いを身に着けた方々をお願い致します」
を聞くや、小走りに『門』のある地下へと向かって、そして帰って来るのもまた早かった。




