ヴィネット ~Vignette~
領内11ヶ所に造成された街を回ることは、俺の日課のひとつに組み込まれてしまった。ネル曰く「縄張りの管理は、オスの仕事よ」とのこと。
なんだか良く分からない、ケモノな理屈を振りかざされるまでも無く、暇を持て余し気味の俺は、住まいの『門』を潜れば、お目当ての街に向かうことができる、その手軽さも有って、退屈になると、それらの街に足を延ばすようになっていた。
屋敷に在る『門』の傍らに置かれた、ゴシック調の象嵌が施された、ガラス貼りのコレクション・ケース。
その中に並ぶ――未だ、この『門』の仕組みも、操作も理解できない俺のために、デシレアが用意してくれた、それぞれの転移先を示す――情景の一部を立体的に切り出した構図の、精緻過ぎる手のひらサイズのジオラマ。――ヴィネット。
その時、その時の天候などまでもがーーまるで生きているかの様に景色を変えて見せる、このヴィネットの中から、その日の気分で行き先を決めて、手に触れ――そして、その場所へと足を運ぶことは、俺のささやかな楽しみになっていた。
それが――造成された街の住人の大半が、そのほぼ全ての住人が、人の皮を被った悪魔の分霊が演じるエキストラで、その完全とも言える、遅滞の無い意志疎通によって支えられている現状、自演乙な……悲し過ぎるディストピア感、満載の街であったとしても。
目を瞑って手を伸ばすと、適当にヴィネットに触れて、行き先を定め――その日も領内のどこかへ、一人出掛けることにした。
* * *
――風を受けて、回転する巨大なブレードを下から見上げる。
地面からブレードの先端まで100メートルにも及びそうな 先日、見物させて貰った投石機にも似た威容。
「いかがです? デシレアお嬢様が、用意下さいました風力発電機は」
誰も居ないと思っていたこの場所に、いつの間にか老婆に化けたアルパゴンが立っていた。




