怪談話は、大体理不尽
彼女の言い分は、もっともにも思えたが……このネルの領域と言う空間の、セキュリティーに対する俺の信頼度は、吹けば飛ぶ程度のもの。
現に花さんに小太郎、オークの娘共と、この領域にネルが招いた訳でも無いのに入り込んでみせた存在は――それなりに居る。俺が目にしたアレが、そうでは無いとは言い切れない。
それに、この状況に全く思い当たりが無い訳でも無かった。
アレが、先日のアンティグアで、ひと悶着あった、ボコールが意趣返しに俺に送った何か? ……だとしたならば。
「……………………」
彼女のたたずまいに、なにか違うものを感じて見あげてみれば……。その顔は、信じられないものを見る表情。そして視線は、部屋の片隅に注がれて――いつの間にか現れていたソレを
床に拡がる銀の糸の塊を凝視していた。
* * *
「……有り得ない。ここ、ネルさんの領域と言うことに加えて……。私が朝に夕なにと祈りを捧げる場でもあるんですよ? あんなものが入り込めるハズが……」
糸に初めて――目に見える変化が現れた。その塊は、細い糸の先端をザワつかせ、明らかに生物然とした反応を見せ始めた。
「やる気なんですね……そーですか」
目の前のホラー以外のなにものでも無い現象を前に、動じる様子も見せずに彼女は、すがり付く俺を身体から引き剥がすと――部屋の暖炉の上に置かれた鎚矛を取りに向かい
臨戦態勢を整えた。
次いで指輪を光らせ、皆に連絡を飛ばす様に陶片に頼んで、救援を求める。
みっともなく動転していたにしても――なんで俺に、彼女が取った一連の行動が取れなかったのかな……と、後日激しく自己嫌悪。
「ツモイさん!?」彼女に引き剥がされて、ヘタリ込み、注意を切らした瞬間。
彼女の声に顔を向けてみれば――糸は、跳びかかる様に俺の眼前に迫って、その見た目に反した質量が、俺を床に押し倒した。
「ひ! ちょ!? ちょおぉぉう?!」
マヌケな悲鳴もあったものだが、それどころではないこの状況。俺の身体は今や、この糸の塊に完全に呑みこまれてしまっていた。




