俺、傷つく
気を取り直して、ホールの床を指差し「さっきまで、ここに何か無かった?」彼女に問いなおしてみれば、今まで以上に――怯えた声。
「わ! わたしは!? わたしは、このお屋敷の物に手をつける様な真似は決して! その様な……とんでも無いこと考えたことも御座いません! お、お願いで御座います! お願いで御座います! このお屋敷から、お、追い出さないで下さいませ!」
……えぇっと。
以前、アルパゴンが言っていたことを思い出す。彼女たちは、人の不幸を嗅ぎつけることを得意とする、あの悪魔がーー居場所を与えることで、メイドとして屋敷に招き入れた方たちだとか――。
心なしか……先ほどまで雷鳴に怯えて腕にしがみついていたネリッサが、少ぉし、身体から腕を離すようにされておられますような? 分かる分かる……俺にドン引きしているんだよね?
きっと、ネリッサには――普段から酷薄な振る舞いの屋敷の主人の言いがかりに、その後の残酷な折檻に怯える使用人の構図を思い描いているに違い無い。俺、何もしてねぇよ?
もはや俺が聞きたいことは、彼女に聞かせて貰えるようには、思えなかった「なんか……呼び止めちゃってゴメン」
怯える彼女に詫びて(俺が謝らなくちゃならん覚えなどこれっぽっちも無いけどな!)、キャップでも撫でて落ち着いて貰おうと、手を上げてみたが――顔にかかる俺の手の影に怯えたように首を竦ませる始末。
上げかけた手を……そのまま降ろして、用件が済んだことを伝えると彼女は、脱兎の如く立ち去って行く。
「ぷっ♪」吹き出す有栖川さん「怖がられてましたね♬ 逃げられちゃって、まぁ」
この人の時折見せる この手の意地の悪い様子に、アルパゴンに似たものを感じていると、その吹き出した有栖川さんのお陰なのか、先ほどまでネリッサが漂わせていた俺に対する反応もーー幾分、柔らかいものに戻っていた。
「それで? 結局、なんだったのでしょうか? お嬢様と……わたくしに見せたかったものと言うものは。百千万億様?」
 




