蛙と龍
「──ちょっと、手を出してくれない?」泉のほとりに座り込んで、すり減った砥石同士を擦り合わせ、平面を出す作業に没頭していたところ。
「……?」手は削れた砥石で、汚れに汚れていただけに、どうしたら良いものかと一瞬、考え込む。
「いいから」ネルは気に留めもせず、それでも手を出すように言ってくる。仕方無く、泉の水でお義理程度に洗って、ズボンで拭いて手を差し出した。
その右手の中指に、ネルが銀色に輝く指輪を嵌める。
「サイズは、いいみたいね」
中央に翼を生やし空を舞う龍と、それを見上げる形で向き合う……蛙? 龍と向き合う蛙の間にはハートが、群れ飛ぶようにあしらわれた意匠が施された指輪。オーバル・パターンの模様が、その意匠を囲むように装飾していた。材質は、サージカル・ステンレスの様でもあったし、銀かプラチナにも見える。
「これは?」指輪に視線を落として、ネルに訊ねるとーー
「これは以前のアンタとアタシ……2人と付き合いがあった、この地方一帯を治める領主から直々に貰った、アンタの紋章が刻まれた指輪よ。つまり、アタシの紋章でもあるわ……」
ここしばらく、情緒不安定だった俺に振り回され、精も根も尽き果てたといった様子のネルが、虚ろな目で説明する。顔には俺を宥めるために、常に絶やさなかった愛想笑いがこびりつき、離れなくなっているようで痛ましい……。ホントぉ~に、スマン!
「……これを嵌めてれば、アタシとアンタの間で、距離があってもやりとりできるから。それ以外にも、アンタに分かり易く説明するなら、この指輪は、印鑑みたいなものだから、無くしたりしないように大事にしてよ?」
(……そんな大事な指輪を普通、水仕事で手が汚れてる時に渡すか普通?)
「その程度のこと……気にしなきゃ、いけないような代物じゃないもの」
寝不足らしくネルは、ひとつ大きな欠伸を漏らす。
「ところで、龍は分かるとして……なんで蛙?」
「んー?」
やはり眠たいのか、ネルは気の抜けた声。
「アタシと、アンタを皮肉ったんでしょうね……イイ性格してたもの彼……」
「……ふ~ん。大して気にもならないけどな。『無事カエル』みたいな? 良い意味でとれるし。とりあえず、ありがとな」
ひらひら手を振るだけで返すと──ネルは、ふらふらと、おぼつかない足取りで家に戻って行った。




