譲れるものなの?
隣に座る悪魔の話が理解できなかった。
「なに、心配はありません。別に貴方の頭や精神に、私がなにかをしでかそうなどといった、大それたことは考えておりません。今は、秘めたままの我が名にかけて誓いましょう。神は契約を一方的に破棄しますが……こと契約にかけては誠実無比に履行する悪魔との取引は――信用戴いて結構ですよ?」
判断に困り、恐る恐る悪魔に。
「記憶を譲る……って?」
普通だったら比喩だろうと考えるが……相手は悪魔らしい。比喩では、あるのかも知れないが――具体的にそれは、どういうことを指すのか理解できなかった。
「失礼」
悪魔が漠然とした表現を用いたことを謝罪。
「貴方の記憶の中にある悲しみの記憶を私に覗かせて頂きたい。覗くだけでは無く、貴方の口から直接聞かせて頂けると言うのであれば――実際の記憶と、その記憶に残る出来事と、貴方が今、どう折り合いをつけているのかを対比出来て、なお結構。如何でしょう?」
悪魔は、こちらを向いて両手を組み――3時のおやつを待ちかねる子供のように、身体を揺らして、小躍りでもし始めそうな様子で。
「……別にいいけど」
「……い、今。なんと?」
自身の耳を疑い、驚いた声。
「別に、これによって俺や、後ろの奴らが不利益を被るなんてことは無い訳だよな?」
「お約束致しますとも。ところで、その記憶……お聞かせ頂く際にですが、やはり貴方の心も読ませて頂きたいのですが宜しいですか? 貴方の心が、その時どう動いたのか? どう感じたのか、つぶさに漏らさず、余すことなく観察し、堪能したい。……如何でしょう?」
普通であれば「心を覗かれる」ということに、抵抗を示さない人間なんて居る訳が無い。が――俺にしてみれば、今更と言った程度の事。
そんな訳で俺は、その悪魔からの頼みを――特になんとも思うことなく、聞き入れる旨を了承した。
「さて、なにを話そうか……」




