怒りの大仏
しゃきっ……しょきっ……しょきん
――穏やかな陽気の、ある日――
森の中の拓けた場所に建つ、住まいの前に椅子を置いての散髪も、これで何度目になるだろう。
「終わったわ……」くぐもった声が、散髪の終了を告げる。
髪を切って貰っている間、読んでいたエルフの言語について記された、古い本を閉じて、手鏡を覗く。
必要無いことは分かってはいたが、そつなくカットされた髪を一応、確認。
鏡の中には──髪を切り終えたばかりの20代の姿の俺と、量販店で購入した、緑のラバー製の大仏マスク(4980円)が映っていた。
大仏は、無言で散髪に使用した道具を、手際良く片付け始める。
「……おい」太々しいことに──、声をかけても大仏は、なんの返事も返さない。
「おいってば、そこの大仏」
「……………………」
「触れるのも嫌だったから黙っていたけど、もー限界だ。なんなんだ? そのマスクは? 日がら一日、そんな物を被りっぱなしで、どーゆう了見だ? 蒸れないのか? 暑くは無いのか?」
俺が矢継ぎ早に、そう声をかけると──大仏の方も我慢の限界とばかりに勢い良く、食ってかかってくる。
「蒸れるわよ! 暑いわよ!」
自慢のブロンドを汗で顔に貼りつかせたネルが、マスクを忌々しげに脱ぎ棄てて、地面に叩きつけた。
「一体、なにがどーした? 言ってみ? ん?」
「……い、言わなきゃ、分からないの?」
ネルが怒りに身体を、わななかせる。
そして実のところ聞くまでも無く、ネルが不機嫌な理由については見当がついていた。
(こりゃ、まずい……)
「い、いくらアタシたち、龍が……気の長い種だからってね……。なんなのアンタは?! つがいのアタシをほったらかしたまま『やれ、ごはん』だの『やれ、耳掻きしてくれ』だの『本を借りて来い』、『星の位置が整った? なら俺のカードで、トイレット・ペーパー買って来い。あぁ……量販店じゃなくて、ドラッグストアで安い奴な?』だの……なんでもかんでも……アタシにばかり押し付けて……」




