そんな気はない
流石は、ネルと言う反面教師を持つデシレア。根深く、引き摺りはしない……のかな?
ウルリーカを伴って屋敷に戻って行く。その彼女に付き従う有栖川さんは、主を会釈して見送った後、小走りに、こちらに駆けて来る。
「……来ちゃった♡」
「…………」
なんかもぉ……なんかもぉ……、いつものことながら、俺をからかっているのは、分かるけれど……なんかもぉ……。
「勿論。冗談でございますよ?」(存じておりますよ……)
相変わらずの涼しい笑顔を浮かべ、有栖川さんは懐から一枚の封筒を取り出して、俺に手渡す。
「なっ?!」
馬場の外周をスキュデリに追い立てられて走るゲルダが、そのやり取りを目にして驚いた声を上げる――その想像した内容に予想は付くが……気にしない!
「……先日、御依頼頂いたものとなります。どうぞ、お確かめ下さいませ」
蜜蝋で封がされた封筒の閉じ口を剥がし、中を改める。
中には、スコラスチカに分け前として渡された、金を預けた――緑龍銀行の『彼女』名義の口座開設が、完了した旨を記した書類。
「……失礼ですが。御姉様の方は、なんと?」
「あぁ、気にしないで下さい。文句は言うでしょうけど。構う必要は無いですから」
スコラスチカの糸の売却費用の大半を、彼女から預けられた訳だったが……。
ネルが喜ぶようには、これを受け取る気にはなれなかった俺はーーその金を彼女が必要とする時に使えるよう、緑龍銀行に全額預けることにした。
流石に……何もしていないのに、彼女が働いて得た金の大半をせしめ取る、業突くさは発揮できなかったというのもある。
「それとこちらは……わたくしの判断で、ご用意させて頂きましたが」
有栖川さんは、至って普通のクレジットカードを手渡してくれた。名義は――デシレアの名前に、恐らくは適当に用意したファミリー・ネームのもの。




