ここは、りうぐう
あまりに難解過ぎる『こちら』の言葉の修得に、折れそうになる俺を励まし、根気良く熱心に、毎日授業を続けてくれていた。
「……生まれたばかりの赤ん坊の脳細胞並みの吸収力と、成人の分別を併せ持つ……か。なんかF1マシンのスピードで走る、ロードローラーみたいだな……。でも、そのせいか……最近、勉強してると……鼻の奥で……なんだか、焼け焦げたような匂いが漂ってくるんだわ……なんなんだこれ」
眉間を押さえ鼻を摘んで目を閉じる。実際、この授業を受け始めてから、異常な頭の疲れと鼻の奥に漂う、幻臭にしばしば悩まされるように。
ネルが心配そうに、顔を覗き込んでくる。
「大丈夫? 気分悪い? おっぱい吸う?」
「大丈夫だ。あまり気分は、良くないけどな……。おっぱいは吸わん」
「そうね。おっぱいは1日、2回までって、決めたものね」
(煙草じゃあるまいし、なんつー会話だろうね……ホントにね)
──1日2回。その回数には、なんの根拠も無かったけれども。
元の容姿を取り戻すため、つがいとしての営みの中でも、できるだけ、ネルのおっぱいを口にすることは、控えるようになっていた。
とはいっても、お互いに盛り上がってしまうと、その取り決めも何も、すぐに忘れ去ってしまうの繰り返し……。
自分の自制心の無さが、兎に角憎い。
「じゃ、次の文章に進むわよ?『いもよりハ、なを、こうぶつだ。サアサア、すつてすつて、すいつくして、たんのふ させてから、いつそ、りうぐうへつれていつて、かこつておこうか』ハイ、どうぞ?」
「『いもよりハ……なを……こうぶつ……だ。サアサア……すつてすつて……すいつくして……たんのふ……させてから……いつそ、りうぐうへつれていつて……かこつておこうか』」
(しかし、なんなんだ? この例文?)
そんな毎日を、幻臭に悩まされながらも過ごし、数ヶ月を経た頃には──俺は、この世界の共通語を、ネイティブに理解できるようになった。




