野麦峠バブリー
戸惑った声を上げかけたが、彼女は――「私、良く分かんないから宜しくね♪」と俺の判断に任せることを了承し、話はそのまま続けられた。
「で、糸の価格についてで御座いますが、他に類するものが流通していないことから、百千万億様のお国での生糸価格を参考基準と……しまして、そこから価格を算出させて頂こうかと思いますが、宜しいでしょうか?」
「お、おぅ……分かったぜ有栖川さん」
(すまん……スコラスチカ……既に話について行けん)
隠しようも無く泳ぐ目に、彼は優し気に微笑み話を続ける。
「生糸と言うのは、生物由来のものですので、相場は変動いたします。それを踏まえまして1t辺りの輸入価格を592万円として、これを基準額といたします」
「ご……592……万……?」
からからに乾く口の中を、湿らせるために生唾を呑み込み声を出す。そんな俺の様子に微笑んで「あくまで参考としてのものです」と有栖川さんは続ける。
「この価格は、重ねて申し上げまして生糸の価格になります。そもそも百千万億様が、お暮しでしたあちらでも、蜘蛛の糸を用いた製品は稀少で極めて特殊な生産方法によってのみ、ようやく商品化の糸口が見出され始めた物となっています。こちらの世界におきましても、アラーニェという種族の、人間との関係性、生息域と個体数の関係から、流通はしておらず……それを考えますと、とても生糸になぞらえて価格を決定することは、できないものと……お嬢様もお考えになられておられます」
「そんなに凄いんですか……?」恐る恐る有栖川さんに訊ねると――。
「ハイ」いつもの涼し気な笑顔。
「……左様な訳で御座いまして、金属の5倍以上の強度、ナイロンの2倍以上の収縮性、耐衝撃性においては鉄の数十倍というスコラスチカ様の糸を買い取らせて戴くに当たって……如何でしょう? どんぶり勘定の謗りは甘んじてお受け致しますが……生糸の10倍ほどで……買い取らせて戴くと言うのは?」




