腐ったトマトみたいに
後ずさる足の裏で何かを踏む感触──
バキイィ!
信じられないほど、大きな音を立てて、落ちていた朽木が折れて砕けた。その音を耳にした子熊が一瞬、驚いて身をすくめる。
(しまっt)
そう思った瞬間、母熊は大きなうなり声を上げ、鳶口を並べたような分厚く、大きな鈎爪で──俺の頭を一薙ぎ。
バシャ!
泉のほとりで俺の頭の中身が、ぶちまけられる湿った音が響いた。
* * *
切妻屋根の我が家の、古ぼけた天井が見える。
どうやら俺は、ベッドに横たえられていたらしい。
気分は、悪くは無かった。
「具合はどう?」
ベッド脇に腰を下ろして、ネルが顔を覗き込んでくる。
「……いや、特には」
覆い被さるように抱きついて来る、柔らかな感触。
「…………」
鼻をくすぐる、ネルの髪の匂い。
そして、跳ね上げられた窓の木板の外からは、対照的な獣の臭い──
「ん!! ん!? ん?!」
ネルに抱きつかれたまま、慌てて そちらに首を巡らせてみれば
そこには窓から こちらを窺う、先程の母熊。
「ネ、ネ、ネ、ネル……く、熊……」恐怖に、舌が回らない。
「花さんのこと……ゴメンね」
「お……お前のペットだったのか?!」
「ペットという訳では、ないのだけれど……」
申し訳なさげに言い澱んで──この恐ろしい母熊との馴れ初めと、関係についてを聞かせてくれた。
「以前、ここから……だいぶ離れた一帯が、旱魃に見舞われたことが……あったんだけど……。花さん食べる物が、見つからなくて……仕方無く、出会った農夫を食べちゃったことが……あるらしいのね? それから、周辺の村々の狩人に追い立てられて、命からがら、ここに逃げ込んで来て以来、住み着いてるのよ」
「……ひ、人喰い熊と、御近所付き合いしてるのか? お前、頭オカシイだろ……」
「御近所付き合い? ……う~ん」
なにやら考え込むネルさん。




