森で熊さん
──作業に没頭してしばらく。不意に辺りに漂って来た、ツンと鼻をつく臭い(……獣クサイ?)
ぺっちゃぺっちゃ……むっちゃむっちゃむっちゃ……
臭いの正体はすぐに判明。
いつの間に現れたのか──背後に小さな、可愛らしい子熊がやって来て、笊の上に置いたブドウ二房を、夢中になって平らげていた。
口周りを、餌食にしたブドウの果汁で赤く染める、子熊の存在に驚き、和んだのも束の間。それどころでは無い状況に泡を食う。
(まずい……まずいまずいまずい! こんな小さな子熊……絶対、近くに母親が居r)
近くの茂みが、音を立てて揺れた。
そこには、我が子を護るために立ち上がった、母熊の姿。
「……で、デカい」
立ち上がった母熊は、見た限りで──頭のてっぺんまで3m以上。体重は800㎏は、優に超えそうなサイズ。
詳しくは無かったが……間違い無く、あちらの世界に存在するグリズリーや、ヒグマなんかより、よっぽどデカいに違いない。
コ、コ、コ……コワイ! コワイ!! コワイ!? コワイ?!
こ、こ、こ、こーゆう時はぁ……アレだ。
……目を、あわせたままぁ……し、刺激しないようにぃ……後ずさってぇ
……距離を取ってぇ、膝下にぃ……タックル。
……距離を取ってぇ、膝下にぃ……タックル。
組みついたままぁ……流れるように背後に回り込んでぇ……全力で、チョークを決めてぇ……倒す。そして、そこからおもむろにィ……死んだふりをしながらぁ……ダッシュで逃げてぇ……。
パニックになり、もはや我ながら……。なにを考えているのかも、分からなかった……。
そんな状態ではありはしたものの。
熊に出遭ってしまった時の正しい対処方法と、間違った対処方法を混同させつつも、本能が告げる恐怖から、母熊との距離を後ずさりながら取ると言うことは一応、実行できていたらしい。




