ん? ん? ……名前、違わなく無い?
声のトーンにも出会った時の、あの健やかさのようなものは、まるで感じられなかった。
彼女の側から求められた面会ではあったけれども。それを長引かせるのは、見る限り……体調や精神面を察するにヤバそうに思える――俺は、彼女の用件を手早く済ませるために、我が家を再び訪れた理由を、訊ね直す。
「……本日は、お日柄も……良く」
話の入り方からして、おかしかった……が、そこをついても用件を片付けることも出来ないのは、分かりきっている。俺はそのまま大人しく、彼女の話を聞き続けた。
「結婚式のご挨拶かっ?!」(黙ってろ! お前は黙ってろ!)
「私……聖鈴教会修道女……イルヴァは(ん? なにそれ?)、御二人との……御縁から……法皇猊下の勅命を拝命……し、特使としてー……し……親書を……お持ちいたしましたぁ……ハアぁ……」
自身の名前をイルヴァと名乗った理由も……解せなかったがーー
彼女は 糸の切れた操り人形のような力の無さで、顔をこちらに向けたままで、ぺたぺたと手だけで傍らに置いた鞄を探り
ごそごそと中を漁ると―― 一枚の蜜蝋で封がされた羊皮紙の巻物を取り出し、ぞんざいな感じで片手で掴んで突き出すように、それを差し出した。
「……開けて良いのか?」
親書だとの話だったが……彼女の親書とやらの取り扱いも含めて、まるで意図が解らず。
「どぞどぞーっ」(なんかもう……。……痛ましくて見てられない)
羊皮紙にされた蜜蝋の封を剥がし、鮮やかな青のリボンを解いて、中に記されていた文章に目を通す(んー? なになに?)
親書の前半は、もってまわった堅苦しい挨拶が婉曲な表現で、延々と記されていて(……うえっ)、目が滑って読み飛ばしそうになるのを必死に堪えて――中ほどまで読み進める。
そこに来て、この親書の意図するところが、ようやく明らかになった。




