聞いてませんでした
「……オ、オサケ、モテキタ……ドゾ」
そんな話をしている所に、首から土鈴を下げたゴブリンが、オークたちの醸した酒を木椀に注いで運んで来た。ゴブリン語の練習を兼ねて彼らの言葉で、短く礼を言うと――なにやら……過剰なまでの喜びの表情。
(……毒とか盛られてたりしないだろうな)
戻って行くゴブリンの後ろ姿に目をやり、恐る恐る酒に口を付ける。スピリタスを水か何かのように呷る、この村の奴らの酒と言うこともあって、その点についても警戒したものの……甘酒のような度数の、麦で作ったお粥といった感じの酒。
(旨くはないけど……不味くもないな。腹に溜まるし、胃が優しく温まるのがいい)
村の中央に焚かれた火を囲む皆の前で、遺言がクィンヒルデによって読み上げられる。
内容は「自分の次には、誰々を長に据えよ」「森の火入れは、いつにしろ」「木は切り過ぎるな」「水は汚すな」「狩りの獲物に雌と仔は加えるな」などなど……。
それぞれ言葉は足りていないように思えたが……。
実にツォンカパらしからぬ、奴にしては、まめやかな遺言。
読み上げられる遺言を、渡された酒を片手に、うわの空で聞いていると――周囲は、なにやら静まり返っていた。
「……ツモイ、話を聞け」隣のオークに裾を引っ張られ、注意を促される。
「お? おお? 悪ぃ悪ぃ」
教えてくれたそいつに、軽く詫びて、そっと辺りの様子を窺うと――その場の皆の視線が、何故か俺に注がれて……?
「……えと、御免。お話良く……聞いていませんでした」
ツォンカパの身内でありながら、遺言を聞き流すことを、非礼と取られたのかと思い、即座に謝罪の言葉を口にする。




