この善き日に、ずっと云い忘れていた一言を
気が付けば、強引に押し黙らせたネルと、周りを囲む女共と一緒になって声を張り上げて――そこに至って、唐突にあることを思い出し
「ネル……そう言えばさ」
「あと! あとにして頂戴ッ! まだ……まだ終わって無いんだから!!」
空気を読めとでも言いたげなご様子。
でもね? たまには……良いじゃ無いか。
こんな時に、どうか? というのも分かるし、最近めっきり聞かなくなったTPOを考えれば、もっと適した、スマートな――それがあるだろうことも分かってる。
だけど……俺も、目の前のスペクタクルに浮かれちゃってて、そんなの判断のしようも無ぇんだわ。陰キャのくせに集団の空気に流され易い、安っすい人間性を今更知らない訳でも無いだろう?
邪険に俺をあしらって――再度、卵に視線を注いで、最終ラウンドを迎えたボクサーをセコンドする、名コーチの様な口振りで応援を続ける彼女。
どうして この時点で、ラマーズ法を始めたのかは理解不能ではあったけれど、それは善しと……しておくとして、
大忙しな様子の彼女の側に、俺は両膝をついて――拳を握り締めて、卵を見守る彼女の腰を背後から抱き締め、
よくよく考えてみれば――今日のこの日まで確実に、一度たりとも口にした事の無かった言葉を小さく伝えていた。
「俺のつがいになってぇ……」
卵から生まれると言う我が子の異様極まる出自も、ネルの血を引くことで……恐らくは、永遠に生き続けることになるのだろう我が子の、思い描くだけで地獄のような道行きも
その子に対して無限責任を覚悟しなくてならないだろう事も、
その卵が――生まれ変わる以前の俺こと、
辺境伯と……ネルのものかも知れない事も、
あの小さくて、柔らかそうな
優しいピンク色の
思わず いじわるして……一口で、
口に含んで、感触を確かめてみたくなる
あの、あんよを……目にした後では、
いつもの様に、いつもの如く
――取るに足らない、
どうでも良い物事に思えてしまっていた。
--おしまい--




