俺のメンタルに9999ダメージ
聞き覚えのある その声に――驚いて駆け寄ろうとすると、ルチェッタが小声で制止する。
「……良いですか? ツモイさん。ちょっと聞いていて下さいね?」
駆け寄りたい衝動に駆られている俺が、やきもきしている所で――彼女は、茨の大樹の中に居るのであろう、人物の名前を呼ぶ。
途端に、人の足音に驚いて、鳴くのを辞めて静まり返る虫の様に――ピタッと、止む歌声。
ざわざわと蠢き出して、更に更に、幹を太くするように茨の蔦が絡む、明らかに不自然過ぎる自然物の働き。
「……ね? おかしいでしょう? 他に……思いつかなく無いですか?」
ルチェッタは、わざわざ俺に心構えの時間をくれたと言うのに、この時の――気が急くばかりの俺にとっては、もどかしい老婆心でしか無かった。
彼女の気遣いは、本来有難がって、聞き入れるべきもののハズであったのだろうけど。俺には、もう余裕など微塵も無く――大樹の中に居るのだろう、彼女の名前を呼んでいた。
* * *
⦅……アンタっ?! アンタなの!?⦆
なんとも いつもと変わり映えもしない 呑気な物言いで、頭に直接響く彼女の声。
「お前ね……ここしばらく、顔も見せもしないで、こんな場所で……なにをしとんの? ルチェッタさんが、見回りで見つけてくれたから良かったけど」
なんだか自分の殻に閉じこもってしまった、家族に対して――必死に、やんわりと声を掛ける……そんな心地。
屋敷で一緒に暮らす仲とは言っても……。ルチェッタの目もある場所で、絵面的にも ひたすらに……つらい。
連れ合いに、こんな行動を取らせてしまった、我が身の不徳は一体、なんなのだろうか……。
いや、不徳の行いに……身に覚えが無いという訳では、決して無いけれども。そりゃあもう……指折り数えるほど一杯ある。理解してる、理解してる。
ここは、やはり人生の機微というものにかけて、俺などが及ぶべきも無い――店長か、教授……ああ、お銚子をつけて貰って、女将さんにでも相談の乗って貰うべきか……と、しばらく思い悩んでいると
⦅帰って⦆
俺の息の根を止めるのに充分な一言が発せられた。




