ドラジェの妖精さん
デシレアが、プレゼントしてくれたバイクを走らせること数十分。
「おにーちゃん! あそこッ!」
コアラのように背中にしがみついていた義妹が声を上げた。バイクを停めて、デシレアが車体から飛び降り、駆けて行く彼女の後を俺も追う。
辺りは大質量の粘液が、有機物を取り込むだけ取り込んで、焼き尽くしたかのような 爆心地の跡にも似て――草木一本、生えていない不毛の荒野。
早いところ ネルに戻って来て貰って、どうにかしないと、色々と問題が生じそう。
お目当てのモノを見つけた義妹が、春の陽気に見事にマッチした、透明な翡翠色の髪と、若草色のドレスを揺らし、鼻歌を歌って、しゃがみ込んでいた。
その後ろに立って彼女の視線の先を覗き込むようにすると、義妹は――こちらに首を巡らせ、背中越しに見上げて
「ハカバダイダイスズホコリさん♡」
と、磯遊びの潮だまりで、ご機嫌な生き物を見つけた子供のように、顔を輝かせる。義妹の指差す先には、彼女の小指の爪のサイズ程に小さくなった――若返った幼い粘菌。
もはや肉眼では、動いているのかどうかも分からない 儚げな存在と化した、地下世界クレピュスキュルの主。
その彼を持参したジャムの空き瓶の中に、アーミー・ナイフで掬って移し、
「……お騒がせと、御迷惑をおかけしました」
菓子折り代わりに持参した、一粒の金平糖と、うどんの切れっ端を御笑納頂くことにした。
* * *
伴侶の姿が消えた、広いばかりの寒々しい我が家。
今となっては狭苦しくも、ネルと初めて一夜を過ごした あのアパートの一室が――酷く懐かしい。
玄関のホールに辿り着くと、主人の帰りを待っていた、ぴむぴむ君を伴って――クレピュスキュルの主を納めた、瓶を掲げ「ヴィルマにも見せてくる!」と、義妹は駆け出して行く。
(……あんまり、御迷惑を お掛けするんじゃないぞ)
『声』も無い言葉に振り向いて――可愛らしい、まろ眉を怒らせ、敬礼を手向けてくる彼女(ネルと言い……敬礼好きだよね。君たち)




