現出する原始の海のように
既に槍を手にしておられない所を見ると――棄てたのか、失ったのか。逃げ惑う公を……サイコパスとは、こう言う心境のことを言うのだろうか?
見飽きた洋画を観るかの……少し考えるメンタルで、モニター越しに公を眺めていると、ゲシュパキアドは鞍を降りて神獣から離れ、
シュルツェンが耳をつんざく、音を辺りに撒き散らし始めた。そして強電磁界を展開すると、プラズマを制御することで機能するスラスターを吹かし
――公と、その愛馬を救うために浮遊を開始。
蠢く肉のスープの海に舞い降りると――怯える愛馬ごと……そっと、両手で支え持った。
騎体が再び鉄をも溶かす青白い高熱を発すると、オレンジ色の水面は、一瞬にして焼けたゴムの様に縮んで黒々と炭化。
彼の愛馬は、運ばれて地面に降ろされると、激しい興奮を見せたが――スキュデリが御する神獣が側にやって来るなり、マガジン系ヤンキーに睨まれたモブの如くに、大人しくなって嘶くのを止めた。
「ししししし……死ぬかと思ったザンス。死ぬかと思ったザンス」
歯の根も噛み合わない様子で、愛馬から降りると身体を震わせる公。
(なんか……色々と、ホント……申し訳ねッス)
騎士の娘っこたちも、馬を疾らせて――
こちらが着陸した場所に、向かって来るのが見えたが、取り敢えず――そちらの事は置いておくとして、再びハカバダイダイスズホコリの方へと視線を向ける。
公との果し合いが始まる以前に、既に距離を取っていた王国軍側は、なんの問題も無く逃げ果せていた。
(……しっかし、でけぇな)
以前、クレピュスキュルの入り口を塞ぐように現れた……彼? 彼女? は今、目の前に拡がる極々一部でしか無かったらしい。
それとも、あれから更に大きく御成りになられたのか。
寒くなると地面の下の地層の隙間に、行き渡るだけ行き渡って、冬をしのぐのだと聞かされた、ハカバダイダイスズホコリだけに……これで全てか、どうかは分からないけれども。




