果し合い中止のお知らせ
それが黒視症であることは、ネルの力が身体を回復させ始めたことで理解できた。
視野が回復してゲシュパキアドのメイン・カメラでスキュデリの姿を確認すると、神獣のうなじを流れる鬣をしっかりと握り、頭を振っていた。
見る限り、彼女にも特に怪我などは無さそう。ホッと一息。
けれども、この突然のブラック・アウトを引き起こした張本人であるカルマンキドゥラの様子は――只事では無かった。
トキノが、公との激突タイミングを報せた辺りの地点を睨んで、恐ろし気な威嚇の唸り声を上げる。
一体、何がどうしたと言うのか……。次第にクリアになる思考に従って、獣が唸る先に視線を向けると、
公と王国軍が布陣する側には――いつか見た、明るいオレンジ色のゲル状物質。
巨大な多核体を成す変形体が、地面から湧き出す石油か何かの様に噴き出して、辺り一帯に春の日差しに目覚めた蟄虫そのままに、震える擬足を方々に伸ばす光景が、広がりつつあった。
(……あ、ハカバダイダイスズホコリさん。お騒がせして……ます)
* * *
一転、辺境伯こと、俺に対する大ブーイング大会から、王国軍側は その粘液の大津波から逃れようと壊走を開始。
ネルからも『お歳を召してらして、気難しい方なんだから』と以前に注意を受けた、地下世界クレピュスキュルのヌシの事をすっかりと忘れて、大騒ぎし過ぎたらしい。
俺からすれば死ぬほど、どうでも良い王国軍から、公に視線を向けると――流石と言うか、なんと言うのか……
四方八方から迫る多核変形体が伸ばす擬足の、濃密な森の中を神懸った馬術で躱して、逃げ回っておられた。
スーツメイルの下、降ろした面頬の中では、きっと死に物狂いの形相で、手綱捌きをなさっておられるに違いないが……そのキャラクターを知る身としては、想像するだにギャグ漫画のワンカットのように思えないでも無い。




