聞こえない聞こえない、あーあーあーっ……
……、――、……、
俺が姿を顕わにするなり、戦場はしわぶきの音ひとつ、鳴りを潜めて――静寂に包まれた。自軍サイドで、俺の登場を待つ各貴族家の令嬢方も、同様で――。
幾人かが信じられないものを目にしたかのように、目を瞬いて、それでも信じられないと言いたげに、面頬を静かに跳ね上げる。
「……え、ええっと。辺境……伯……殿……ザンス……よね?」
肝が太いと言うか、面の皮が、お厚いと言うか……並大抵のことでは動じる事も無さそうな公が声を震わせる。
その声に俺は、元気に はきはきと――アスペ全開にお返事。
『はい! オチュア・マブラガニス・ガンツフェルト辺境伯ですっ! 今日の果し合い! 宜しくお願い致します!』
……プライバシー保護の観点から、音声には加工を施してあります。名乗りと言うよりも、挨拶と言った向きの――俺の声と同時に、敵味方 双方から湧き上がる どよめきの声。
「ちょ……ちょっと待ってくれ! 辺境伯殿! そ、それは……それは……あんまりじゃないかっ!?」
自身の信じる騎士道から、あまりにかけ離れた行いを平然と成そうとする俺に――慌てた声を上げる公爵家令嬢。
「……あぁ~、間違い無く……ツモイさんだわぁ……悲しいけれど……私、分かっちゃう」
俺の存在を、俺の事を理解して認めてくれるデズデモーナ(有難う! やはり……共に、槍を交えただけの事はある訳だな!)
「か、かっこわるい……どうしよう……気持ち悪いだけじゃ無くて。すこぶる……どうしようもない程に、格好悪いわ……」
それを口にするのは、いつもいつも俺を色眼鏡で、優しく見守ってくれるリュシル(……う~ん♪ うるさいぞぉ? 黙れぇ~?)
そして、我に返ったかのように 罵声を張り上げ始める王国軍の兵卒の皆様方。
罵声を向けられる今の俺にとって、それはまるで……ケージの中のハムスターの非難にも似て取るにも足りない。
ひまわりの種を寄越せってってかぁ? おやつ抜きでも良いんだぞぉ? んん~?




