顔、近いって
「……え? う、うん。トキノにお願いしておいたよ? その申し出、お受け致しますぅ~……っつといて? ……ってさ」
長椅子の背もたれに追い詰められ、少し……居心地悪い。
……いや実際、その遺伝子の上澄みを搾取し続ける事によって初めて生まれる、整い過ぎた顔立ちを(失敗すると、しゃくれ顎で有名なハプスブルク顔になっちゃう)、鼻息も掛からん距離まで近づけられると少しどころでは無く、障りもあると言うもの。
口の中で溶けたミント・グリーンを呑み下して俺は、しどろもどろ……。
すると目の前の――普段は、僅かにも揺らがない、氷の彫像の様な顔に、熱に浮かされたかのような表情を浮かべて、
「ああぁ……なんたること……なんたることだ……幼き日より憧れ続けて来たガロワ公と、今や……私の主人となったツモーイヒッガター辺境伯とが、
「槍を手に……相争う事になろうとは――その相争う理由……今からでも、なんとか、なん……っとか! ……私を取り合うためにと言う形に、展開の変更は利かないものだろうかっ?! 想像するだに女冥利に尽き過ぎる!!」
鼻息もスピスピ♪ と荒く、顔を迫らせる公爵家令嬢……様。
うん、無理なの。無理なの……よ? 分かるよね? 普段、お利口さんな君だものね。空気から察してくれたのか、はたと我に返る彼女「……まぁ無理か」(ええ、ハイ)
すると今度は、俺を背もたれに追い詰めていた、自身の身体を勢い良く起こして「こうしては、おれんっ!?」部屋の入口に向かって猛然と駆けて行く。
「な、なにが……どうしたの?」聞いたところで……ロクでも無い返事以外、聞く事はできないだろうけれども。
すると彼女は「決まっている!」そう言い切って振り返り
「妾とは言え主人が、戦いに赴くのだ! ……男を戦場に送り出す女が、その前夜に成すべきことは唯一つ!!」
そして、彼女は再び扉に顔を向け「湯浴み……しなおして来る!」




