返却
「『聞いた』ことはないけど……葉煙草さんたちにしたって……さぞかし、びっくりなハズだわ」
「……珍しく意見が合うな。言ってやれ、言ってやれ」
取り上げられた物を――必死に取り戻そうとするヴィルマの手を躱しながら、合いの手を入れる。
「それは必要な物なのじゃ! とても大切な物なのじゃ!」
「……一応、聞いてやろう。なんのために必要なんだ?」
正直、これをこの子に、そのまま手渡すのは、良識が咎められる……が、用途と理由くらいは、聞いてやっても良いだろう。
「葉巻とラムは、ゲデにお供えするために必要なのじゃ! 同じくラムは、ザカにお供えするためにも重要なのじゃ!! その葉巻もラムも特にお高いのじゃ! わしのお金では、とてもとても買えないのじゃ!! みんなでお金を出し合って、やっと買えた代物なのじゃ!!」
「……ゲデ? ザカ?」
正直、聞いたことも無い。メトレス・マリアが、ヴードゥーの女司祭と言う話は聞いたけれど。
――なので多分、恐らく……。
その辺の神様のお名前か、なにか……だということは、察せられる……が。
「ゲデは、死に関わる全てを司るロアじゃ! ザカは、雷と農業を司る農民を守護するロアじゃ!! 正しく祀らねば機嫌を損ねてしまうのじゃ!!」
しばらく、そのまま考え込んだ後で――俺は、それらをヴィルマに返してやることにした。
「……良いの?」ネルの意外そうな声。
「無神論者の日本人の俺が、……言うのもなんだけど。宗教上の理由じゃあ、仕方が無い……」
少なくとも信じる神様も居ない俺なんかが、口を挟んで善いことではないように思えた。
ましてや、この子は日本人でもなければ、ここは俺たちが住んで居た世界ですらない。
差し出された、葉巻とスキットルをひったくるように奪い返すと――ヴィルマは、小動物が発揮する警戒っぷりを見せて、家の外に駆け出して行き……。
その日、とっぷりと日が暮れるまで、帰っては来なかった。




