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CASE7:ロッサナ・カルラ/這い寄るもの

【前回までのあらすじ】


傭兵団アードラーの面々は各々の課題に気づき、ムワンダの街の復興と二人三脚で歩みを進めることとなった。


そして役目を終えたクラークはようやくプレミヨンに戻ったのだが……。

 ムワンダから二週間かけてプレミヨンに帰ってきた。こんなに長く領地から離れたのは久しぶりで、慣れ親しんだ屋敷が見えてきた時には、懐かしささえ覚えたほどだった。


 しかしーー


「すみません……」


「……あれほどちゃんと面倒見ろって言ったじゃん。私もう知らないからね」


 平謝りの俺と、怒りと呆れで目も合わせてくれない姉様。


「申し開きもありません……」


 理由は明白。懐かしき我が家、屋敷の二階部分の自室が丸ごとなくなっていたのだ。急遽呼び戻された理由もこのことだ。


 これは、我が家に伝わる家宝のひとつ、ミックの仕業だ。定期的に何か食べさせないと暴走するのだが、最近ケアを怠っていた。俺が止めるまでずっと屋敷をむさぼり食らっていたようだ。


 結局、自室を丸ごとと、屋根の大半が失われてしまった。そして今、姉様にその責を問われているというわけだ。


「はぁ……まぁスーズ様からの連絡は受けてるし、遊んでたわけじゃないのは知ってるから、大目に見てあげるけど」


「ほ、ほんとうですか!」


「ただし、屋敷が直るまでの間の宿は自分でなんとかしなさい。私たちの部屋はなんとか無事だったけど、アンタの部屋はめちゃくちゃになってるんだから」


「御意」


 ラッキーだ。今回はスーズのおかげで、いつもならもっと長く厳しくなるお説教が大幅に短く済んだ。


 しかし、宿の問題を解決せねばならない。オーレリアやフローラに言えば泊めてもらえそうな気もするが、女性の一人暮らしの家に転がり込むのは、はばかられる。


 そうだ、街の北口に宿屋があったはず。部屋に空きがあればしばらくそこで厄介になろう。


 長旅で疲れ切った体に鞭を打ち、壊滅状態の自室からいくつか無事だった衣服を鞄に詰めて宿屋に向かった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 宿に着く頃には夕陽が差し始めていた。街の北側はまだあまり整備が進んでおらず、剥き出しの石材が道端に放置してある。


 街道を縁取る草花もどこか乱雑な印象だ。あまり人の通りがないことを感じさせる生え方をしている。


「ここか……」


 ずいぶん質実剛健な見た目の宿だ。ずいぶん歴史を感じさせるような頼り甲斐のある造りをしている。上階の出窓はどれも綺麗に磨かれていて美しい。


 実は、この宿を選んだのは他でもない。名物女将の情報を掴んでいたからである。


「こんにちは! 最強無双勇者、クラーク・ブラッドフォードです!! 部屋は空いていますか! そしてあなたの隣も空いていますか!」


 勢いよく扉を開け放つ。


「わぁ!! い、いらっしゃいませ! ……って、領主さんじゃないですか、こんにちは! 空いてますよー!」


 出迎えてくれたのはウェーブのかかった薄紫の髪を腰まで伸ばした美女だった。少しだけつり上がった瞳は、大粒の真珠のような存在感を醸している。


 整った顔立ちと相まって、見るものを気後れさせそうなほどの美貌だが、その顔に浮かんだ温和な表情のおかげか、ほんわかと優しい雰囲気だ。


「よかった。なら2週間ほど借りたい」


「大丈夫ですよー! お料理はつけますか?」


「ああ、頼む」


 わかりました、と愛想良く答えた彼女、そのまま手元の帳簿に俺の情報を書き込んでいるようだ。


 その間に周りを見渡し、ふと気になった。


「なあ、ここは君1人で切り盛りしているのか?」


 宿の大きさの割に、ほかの人の気配がしない。


「仕入れ担当もいますけど、普段宿にいるのは私だけですよ。ですので、お料理もぜーんぶ私の手作りです」


 そう話しながら、包丁で食材を切るジェスチャーをする彼女。


「手作りか、楽しみだ」


「……あ、申し遅れました。店主のロッサナです。二週間、精一杯お世話しますねっ!」


「改めて、クラークだ。ロッサナ、こちらこそよろしく頼む」


 やはり、宿の中にはほかの客は見当たらない。外の様子を見ても、頻繁な人の出入りがあるようにも感じられない。


 あれ、そういえば『あなたの隣は空いていますか』がスルーされているな。


「ではでは、お部屋にご案内しましょうか」


 ……まぁいい、長旅で疲れたし、とにかく今日は休ませてもらおう。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 部屋は広くはないが、よく手入れされていて快適だ。

 飾り気のないベッドと広い出窓、そこから差し込む夕日。なんとなく懐かしい雰囲気を感じる。


 机の上に小さな植物の鉢が飾ってある。葉はみずみずしく、きれいに手入れもしてあるようだ。


 部屋の隅には姿見が置いてある。そこに映る自分は、最後に見たときよりも幾分かやつれて見えた。


「はー……」


 倒れ込んだベッドから、干したての心地よい香りが広がった。

 部屋の中はひたすら静かで、まちはずれということもあり、外からは鳥の鳴き声くらいしか聞こえてこない。


 考えてみると、こうして一人になるのは久しぶりだ。

 目を閉じると、《アードラー》との旅が思い起こされる。色々あったが、学びも多く楽しい旅だった。


 せっかく帰ってきたし、ナンシーたちにも挨拶に行きたいな。


 もう随分会っていない気がする。元気にしているだろうか。

 旅のことを話したらきっと驚くだろう。冒険小説作家(志望)のフローラは羨ましがるかもしれない。


 あとはそうだ、オーレリアにも話してやろう。湖と灯りの街、風が吹く谷底の街、個性豊かな傭兵団のことを。


 そうこう考えているうち、俺は暖かい泥に沈むように眠りに落ちていったーー



 ◇◆◇◆◇◆◇



「…………うーん、寝過ぎたな」


 目を覚ますと外は真っ暗になっていた。どうやら相当疲れていたようだ。


 体を起こして部屋を見渡すと、机の上に木製の水差しとコップが置いてあることに気が付いた。


 水を注ぎ、一息に飲み干す。月は空高く上がっていて、どうやらもう真夜中のようだ。


 もう一杯水をあおったところで、今度は腹が減ってきた。


「とはいえ、さすがに夕飯はもう片付けられただろうな……残念やら申し訳ないやら」


 この時間に空いている店などないだろうし、すっかり目も冴えてしまった。


 せっかくの機会だ。この辺りに来ることもあまりない。少し散歩にでも出かけようか。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 階段を降り、1階の受付。さっきは疲れて気がつかなかったが、食堂は受付の右手から入れるようだ。


 明かりはもう全て消えていて、窓からの月明かりだけが頼りだ。


「……ん?」


 今、受付辺りの暗がりで何かが動いたような……。


 近づいてみると、ロッサナがカウンターに突っ伏して寝ていた。


 ロッサナはすうすうと寝息を立てており、後ろで結い上げられた髪の毛が、呼吸に合わせて静かに上下している。


「おいおい……」


 いくらなんでも無用心すぎる。起こすのも可哀想だが、このままにはしておけない。


「ロッサナ、おい、ロッサナ」


 肩を揺すると、ロッサナは小さく唸りながら片目をうっすらと開けた。


「……お菓子なら上の引き出しに入ってるから……」


「……それはそれで後で食べたいが、寝るなら部屋で寝なさい」


「……ぁれ、クラークさん? ……あ、寝ちゃってた」


 ようやく目が覚めたようだ。顔を小さく背け、ちんまりとした手であくびを隠している。


「今日の客が俺だけとはいえ、さすがに無用心が過ぎる。ちゃんと部屋で寝るように」


「すみません……つい」


 いたずらがバレた子どものように舌を出して謝るロッサナ。


「とはいえ、俺も長いこと眠りこけてしまって、夕飯を無駄にさせてしまった。すまない」


 カウンターの脇の椅子に腰掛ける。キィ、と小さく軋む音がした。


「そのことならご心配なく。ご用意する前にお声掛けに行ったらおやすみになっていたので、まだご準備の途中です」


 なるほど、だから起きた時に水差しが置いてあったのか。


「そうだったのか、それならよかった」


「こんな時間ですけれど、何か簡単なものでも召し上がりますか?」


 俺の答えを待たずにロッサナは立ち上がり、「お疲れのご様子でしたし、お腹もペコペコでしょう」と言って食堂の方に歩いて行った。


 ロッサナの言う通り、腹の虫はさっきから大宴会を開いている。

 ありがたくいただくとしよう。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 食堂、といってもテーブルが二つあるだけのこじんまりとした空間だ。

 建物の規模から考えると小さすぎるくらいに思えるが、元々宿として建てられたものではないのかもしれない。


「すぐできますから、待っててくださいね?」


 ロッサナは俺を席まで案内すると、そのまま調理場に入って行った。


 ムワンダの街のような観光地にある店とは違い、派手さはないがなんとも落ち着く雰囲気だ。


 調理場から聞こえるカチャカチャという音が耳に心地いい。


「お待たせしました〜」


 木のボウルには色鮮やかな野菜が盛られ、となりの皿のポトフのような郷土料理から湯気がでている。


「すまないな、こんな時間にわざわざ」


「いえいえ、久しぶりのお客様ですしね。お気になさらず」


「……それにしても、大きなスプーンだな」


 普通の1.5倍ほどの大きさはあるだろうか。なんだか小さな子どもになったような気分だ。


「ふふ、いいでしょう? たくさん食べられるから、なんだかお得な気分になりません?」


「ふっ、わかるようなわからないような」


 苦笑する俺に微笑むロッサナ。「ささ、冷めないうちに」と促され、料理を口に運ぶ。


「……美味い。なんだかあたたかい味だ」


「ふふっ、よかった。お料理には少し自信があるんです」


 お盆を胸に抱いてはにかむロッサナ。その笑顔はどこかあどけないような、安心するような。


 美味い。随分腹が空いていることも相まって料理を運ぶ手が止まらない。


「それにしても、随分お疲れのご様子でしたね? お声をかけてもピクリともしませんでしたよ」


「ああ、しばらく旅に出ていてな。今日、いやもう昨日か。やっと戻ってきたところだったんだ」


「まぁそうでしたか。だったらもっと精のつくものがあればよかったのですけれど……」


 謝る彼女はお盆で口元を隠し、眉が八の字になっている。


「いやいや、気にしないでくれ」


「……あ、でも、そろそろ戻ってくる頃だと思うので、お泊まりの間にお肉もお出しできると思いますよ?」


「『戻ってくる』ってーー」


 ロッサナに尋ねようとしたとき、ロビーの方から、ドターンと、戸を勢いよく開ける音がした。

 何事かと驚いている間に、音の主は、たどたどしい足音とともに食堂に現れた。


「た、ただいま……」


 俺と同じか、少し高いくらいのスラリとした長身、スカートから覗く長くてムチのようにしなやかな脚には、薄く筋肉が浮かんでいる。


 ロッサナと同じ薄紫の髪は綺麗に編み込まれて片側から垂れており、なんだが動物の尻尾のようだ。


「おかえりカルラ。すごい大物! いつもありがとうね」


 ロッサナと親しげに言葉を交わす彼女。しかしその美しい見た目よりも目を惹くのは、背負っている獣の死骸である。


 長身の彼女と同じくらいの体長、つい先ほどまで大地を駆けていた生々しさと雄々しさを感じさせるほどの迫力を放っている。


 そんなことより、カルラ、と呼ばれた少女の体力はいよいよ限界のようで、今にも獲物に押しつぶされそうだ。


「すっごくガッツのあるヤツでさー。2日かけてやっと仕留めたよ……って、か……て、手伝ってぇ……」


「あっ! ごめんねカルラ、すぐに……」


「手伝おう。……ぅぉおっ、本当に重い、な……」


「え……誰……?」


 駆け寄ろうとしたロッサナに代わり、カルラが背負う獲物を担いだ。あまりの重量に、支えるので精一杯で自己紹介をする余裕もなかった。


 全身にずっしりとした重みがのしかかる。下半身に力を入れ、なんとかバランスをとる。


 カルラは体力の限界だったようで、そのままへにゃへにゃと座り込んでしまった。


「まぁ、すみませんクラークさん……」


「だ、大丈夫だ……それより、どこに運べばいい?」


 ロッサナの案内で厨房奥のスペースに獲物を置いた。簡単な処理はカルラが済ましていたらしく、一旦はそのままにしておいても構わないとのことだった。


「助かりました〜! 本当にありがとうございます」


 食堂に戻ると、カルラの姿はなかった。ずいぶん疲れていたようだし、もう休んだのかもしれない。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「すみません、ちゃんとご挨拶もできなくて……さっきの彼女が、うちの仕入れ担当のカルラです」


「カルラか。ずいぶん疲れていたようだし、明日にでも挨拶させてくれ……と、ごちそうさま」


 ちょうど食事を食べ終わった。まだ日付が変わったくらいの時間だ。このままもう一眠りするとしよう。


「綺麗に召し上がりましたね! はい、ゆ〜っくりお休みくださいね」


 食器を片付けるロッサナに礼を言い、食堂を後にした。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 それにしても、二日間も獲物を追うなんて相当な体力と気力が必要だろう。


 カルラの見た目の可憐さ、心のたくましさ。ぜひお近付きになりたいものだ。


 などと考えながら借りた部屋に向かう途中、少しだけ空いた扉から、薄く光の漏れている部屋があった。他に客はいないと言っていたし、カルラの部屋だろうか。


 ……やれやれ、さっきのロッサナ然り、無防備なことだ。


 せめて扉を閉めて鍵くらいかけるように言っておこう。


 ドアを軽く叩き、声をかける。


「あー……さっき食堂で会った者だ。差し出がましいようだが、鍵くらいかけておいたほうがいいんじゃないな?」


 返事がない。留守か? それとももう寝てしまったか。


 さすがに覗くわけにもいかないし、とはいえ、明かりを消さずに眠ると睡眠の質が落ちてしまう。


 あれほど疲れ果てたアスリートには是非良質な睡眠を取ってほしい……! どうする、ロッサナに頼むか?


 などと逡巡していると、中からかすかに鈴の鳴る音が聞こえてきた。


 鈴、と言っても、透き通るような美しい音色ではなく、錆びついたような、どこか色あせたような音だ。


 この音には、覚えがある。その音の正体に思い当たった瞬間、一気に全身の血の気が引いた。


「まさか……!」


 もしこの音の正体が、俺の思う『それ』だとしたら、一刻も早くカルラを起こさないといけない。


「すまん、入るぞ!」


 扉を開け、部屋の中に入る。部屋を見渡す




 と、ベッドに横たわるカルラの枕元に『それ

 』はいた。




 窓から差し込む月光を反射し、妖しく光る仮面。




 その仮面の主には、首から上しか存在していない。




 仮面をつけた女性の生首が、眠るカルラの顔の少し上のあたりをふわふわと浮いている。




「『ジュータ』……!」




 頭の先から悪寒が全身を貫いた。呼吸が浅くなる。いや、少しでも『あれ』に気取られぬよう、無意識に呼吸音を小さくしてしまっているのだ。




 それでも十分には思えず、両手で口と鼻を覆う。腕を動かす布擦れの音一つにさえ細心の注意を払う。




「ハッ……ハッ……」




 仮面のせいでどこを向いているのかわからないが、頼むからこっちを見ないでくれ、気付かないでくれと、心の底から祈ってしまう。




『ジュータ』は、取り憑いた者を別の世界に連れて行く。




『死神』である。




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