CASE6:ルイーザ/寸陰、過ぎて見らば
【前回までのあらすじ】
ムワンダの街の復興計画は順調に進んでいたが、クラークは急遽プレミヨンに帰らなければならなくなった。
そこで、クラークを送るための宴を開いた一行。
同時に、この二週間を各自で振り返ることにしたのだが……。
広大な湖の中心にそびえる大樹、大樹を慕うように生い茂った木々、その上に建てられたこの《湖と灯の街》ムワンダ・ムゥチ。
まだ建物の一部は崩れたままだし、観光客も全盛期の半分以下だ。しかし、この街は着々と復興に向かっている。
「じゃあこの二週間を振り返って……ハンナ!」
「はいはい、はーい! えっとぉ、最初にクラークさんが『ハーレムに加われ!』ってルイーザさんに言った時には、女の敵だ! って思いました!!」
「あーそこかぁ」
そこかぁ、もう少し包括的なやつ期待してたなぁ。言い方が悪かったみたいだ。
「たしかに……」
「あれは笑ったなぁ!」
オットーとアントンも乗っかってきた。話が進まない雰囲気がぷんぷんしてきたぞ。
「……ぷっ」
ルイーザもこっそり笑っている。
「でも! 会ったばかりなのに私たちのために色々教えてくれて、おかげでこうして前に進めた実感があるし、何よりすっごく楽しかったから感謝してますよ!」
「こちらこそだ。ハンナ、君は話し合いの場でも積極的に発言してくれたな。賛否は問わず、意見を出してくれたのはありがたかったよ。それに、俺を看病してくれたこともな。改めてありがとう」
「えへへ〜」
ほおを赤くし、二つに分けた髪の毛を指でいじるハンナ。
「ただ、気遣ってくれたのはわかるが、輪唱は子守唄には適さないんじゃないかと個人的には思ったな。気になって気になって後半は一緒に歌ってしまったけど、正直寝たかった」
結構楽しかったものの、今回の風邪が長引いた理由の一つな気がしなくもない。
「え〜楽しいのに」
「ハンナ……あなた……」
「病人にパート振るなよ……」
ともあれ、ハンナのように意見をポンポン出してくれるメンバーは貴重だ。話しやすい雰囲気を作るのは、上からだと難しい。
「次はオットー、この二週間はどうだった?」
「あ、はい! えっと、なんていうか……ずっと、ワクワクしてました。クラークさんの作戦を聞いてから。それに、実際の交渉も勉強になることばかりで、いざ自分がやることになったのは驚きましたけど、凄く楽しかったです!」
「……あのときは助かりました。オットー」
「えっ、あ、あぁその…………へへへ」
ルイーザの言葉に頰が緩むオットー。ハッと我に帰り、でも、と続けた。
「反省点もあります。クラークさんに任せすぎて、負担をかけてしまいました。僕がカバーできるところもあったと思いますし、いや、たとえなかったとしても、もっと積極的になるべきでした」
「オットーかっこいー!」
茶化すハンナ。今回、1番成長したのはオットーだろう。成長を目の当たりにして、なんだか目頭が熱くなった。
「オットー、俺はゼリュスの街で君と話してから、君には参謀としての資質があると感じていたよ。これから、その手腕が必要になることがさらに増えるはずだ。頑張ってくれ」
「……はい! ありがとうございます!」
誇らしげに立ち上がるオットー、だいぶ酔っ払ってきたのか、そのままハンナの手をとって踊り始めた。
一瞬驚いたハンナだったが、すぐに笑顔になって一緒にステップを刻み始めた。
◇◆◇◆◇◆◇
「……フッ、じゃあ次、アントン」
少し待ったが、二人はまだ踊っている。楽しそうだし放っておこう。
振り返りはまず、自覚が目的だからな。シェアはその次でいい。
「……俺かぁ……ぶっちゃけ、クラークが何を言っているのかはよくわかってなかった。今だからいうけどよ! けどなんつーの、何か変えてくれるんじゃないか、とは思ってたよ。今のままじゃー先はないって、それだけはなんとなく感じてたんだ、馬鹿なりにな」
「アントン……」
酔っているのか、いつになくしおらしい雰囲気を醸し出している。手に持ったジョッキの中、揺れる酒を見つめながらアントンは語った。
「……実戦経験は積んできたはずだったのに、うまくいかねえことだらけでよ。日に日にカラダが固くなっちまって、もっとうまくいかなくなって、それが情けなくてな」
態度のせいか、周りを覆う喧騒のせいか、彼の鍛え上げられた大きなカラダが、なんだか小さくなったように感じる。
「……悪ィ。まぁそんで、思った通りお前が来てあれやこれやと色々あったおかげで今はそんな気持ちもずいぶん楽になったよ。みんなの役に立つっていいもんだな。考えてみりゃ、別に戦闘だけじゃねーよな……俺向いてないみてえだしよ」
アントンはそう言ってカラッとした笑顔で酒を流し込んだ。その笑顔の曇りのなさに、かえって胸が痛んだ。
空になったジョッキをテーブルに置き「ちょっと悔しいけどな!」と冗談めいた口調でおどけるアントン。
「……待てアントン、向いてないなんてーー」
「そんなことありません!!!」
「うおっ……だ、団長……?」
顔を真っ赤にしたルイーザが急に叫んで立ち上がった。その行動にイエルクも驚き咽せている。
よく見ると、かなり酔いが回っているようだ。彼女の席の周りには酒瓶とジョッキの山ができている。一体いつのまに……。
「ルイーザ大丈夫か? 飲みすぎだ。今、水をもらってーー」
「しずかに!!!」
「ーーはい」
怒られてしまったから静かにしておこう。面白そうだし。
「あなたはねぇ……ぱわー! ぱわーがあるのぉ……わかる〜?」
「は、はい……俺にはパワーがあります」
千鳥足でアントンに近づくルイーザ。両手に持った酒瓶を交互に口に運び、据わった目はどこを見ているのかわからない。
いつもの理知的な彼女とはまるで別人だ。その様子に気圧され、アントンは自動翻訳のような話し方になっている。
イエルクは静かに距離を取りつつ、成り行きを見守っている。口元が緩んでいるところを見ると、楽しんでいるようだ。
「なのにぃ……そのぱわーをさぁ! いかせてないのぉ……なんでか、わかりますかぁ?」
「え、そりゃ俺がーー」
「ぶっぶー!! ぶっ、ぶーーー!!!」
「解答時間短いなー」
言葉を遮り、酒瓶をアントンの頰に押し付ける彼女。世が世なら色々と問題になりそうな絵面だ。
「せいかいはぁ……わたしのせいじゃーーー!! わたしがぁ、ちゃんと、あなたのいいところをぉ……いかせてないの……」
「は、はぁ……」
はしゃぎ回るせいで結った灰色の髪もぐっちゃぐちゃ。そんなルイーザのテンションに翻弄されているアントンが助けを求めるようにこちらを見てきたが、無視しておいた。
「でも……これからぁ、わたしももっとがんばるから…………いっぱいがんばって……がんるから…………だから、いっしょにがんばろーね?」
「……プッ、なんだそりゃ……はいよ。了解、団長」
その返事を聞いたルイーザは嬉しそうに「んふー」と笑った。
酒の力を借りてだが、素直になれたようで良かった。彼女は、団員たちの力を見くびっていたわけじゃない。ただ、切迫した状況にいっぱいいっぱいで、余裕がなかっただけだ。
などと考えていたら、突然首をぐるん、とこちらに向けた。
「な、なんでしょうか……」
「つぎぃ、わたしのふりかえりでしょ〜……」
そう言うや小走りで近づいてきた彼女は、あろうことか俺の膝に腰かけた。
「ル、ルイーザ?!」
「はい、わたしはルイーザでーす」
「団長は絡み酒なんだなー」
ふわりと、甘い香りがする。それに膝に柔らかいルイーザのお尻の感覚が……落ち着け、相手は酔っ払いだ。
そして俺は異世界最強無双勇者クラーク・ブラッドフォード、うろたえない。
「ふふん、てれてるんですかぁクラークさぁ〜〜ん」
乱れた髪とほのかに汗ばんだ肌が艶かしい。
「て、照れてない」
「はぁ〜〜れむがどーのこーのいってたくせに、だっさー」
したり顔のルイーザに指で頰を突かれる。
「クッ……ハハハ! 言われてんぞクラーク!」
「くっ……」
アントンは楽しそうに笑っている。
いつのまにか周囲の席もかなり埋まっており、あちこちで似たようなバカ騒ぎが起こっているようだ。
「おーい、おーーーい! ねえ、あれとって」
ルイーザが指差したのは果物の盛り合わせだ。色とりどりの実は傍目にもみずみずしく、街を照らす灯を受けてキラキラと輝いている。
「ねぇ、は〜や〜く〜」
「わかったわかった、ホラ」
せがまれるがままに果物を取って渡そうとするが、受け取ろうとしない。
「食べさせて、あーん……ほら、あーん」
「団長にこんな一面がなぁ……びっくりだな、イエルクよぉ」
「……普段気を張っている分、色々溜まっていたんだろうな」
アントンとイエルクはこの光景を肴にし始めている。薄情なやつらめ。
膝の上のルイーザは急かすように顔を突き出している。高く結った髪は乱れに乱れ、ここまでくると幼い印象を受ける。
「はいはい、どうぞ……」
「あーん……うむ、まんぞく」
お気に召したようでなによりだ。
「おい団長! 振り返り振り返り」
一向に進みそうにない状況に、アントンが助け舟を出してくれた。
「振り返りー……うーーーん」
肩を張って腕を組み、眉間にシワを寄せる彼女。まともな答えは期待できるんだろうか。
「うーーーーーん」
ルイーザはその体勢のまま、頭をこっくりこっくりと左右に振っている。これは期待できなさそうだ。仕方ない。
「……じゃあ俺から、ルイーザ、君は本当によく頑張ってくれた。トップとして、誰にも相談できないまま頑張ってきたのはさぞ辛かっただろう。そして俺が来てからは、新参者にあれこれ口を出されて、さらに面白くないことばかりだったんじゃないかと思う」
「…………」
膝の上の彼女は動きを止め、横目で俺の顔を見はじめた。アントンとイエルクはそれとなく視線を外して、気を遣ってくれている。
「それでも団員たちのことを思って自分を変え続けた君は立派だよ。これからも頑張ってくれ」
「…………うん、がんばります」
相変わらず目はトロンと蕩けたままだが、少しだけ微笑んだ彼女はそう答えた。
あたりの喧騒のせいで、おそらくその言葉は俺にしか聞こえていなかったんじゃないだろうか。
「うわっ……これどういう状況ですか」
「見ちゃいけないやつだよオットー、乱れた大人の世界だよ」
そうこうしている間にハンナとオットーが戻ってきた。あらぬ誤解付きで。
「まて、違うぞ、あのなーー」
「ハンナー!! オットー!! ちょっとこーい!!!」
弁解する間も無くルイーザが2人に絡み始めた。何もかもがグダグダ、でも宴の席はこれでいいんだろう。
ようやく酔っ払いが離れていった。一息ついていると、労うようにアントンが料理を持って近づいてきた。
そうだな、やるべきことは終わったし、あとは酔っ払いに絡まれた2人を肴に、この夜を楽しむとしよう。
ここは《湖と灯の街》、湖に映る灯のひとつひとつには人生がある。空になったグラスの数だけの人間模様、そして想いがある。
◇◆◇◆◇◆◇
次の日、大樹が湖の水を吸い上げきった直後の早朝。もうプレミヨンに向けて出発することにした。
ちなみに、スーズには昨晩のうちに挨拶を済ませておいた。《アードラー》のこともずいぶん気に入ってくれたようで、当初の話通り、専属傭兵団としての立場を保証してくれるようだ。
そんな《アードラー》の面々は未だ爆睡中だ。無理もない、明け方まで飲んでいたしな。
というわけで、宿に書き置きだけ残して出掛けてきたのだが。
「早いな」
「……まぁな」
イエルクが街の入り口の石階段で待っていた。ほぼ徹夜明けだというのに、疲れた様子はまるでない。
「……もう行くのか。みんな寂しがるぞ」
「起こすのも悪いし、急いでるんでね。みんなにはよろしく伝えておいてくれ」
「…………わかった」
相変わらずのポーカーフェイスだ。ちょうどいい、聞きたかったことがある。
「なぁ、イエルクはどうして《アードラー》に入ったんだ? お金のため、って言ってたけど、どう考えてもおかしい。あれだけの腕前なら他にいくらでも誘いがあるだろう」
コミュニケーションが苦手で、それが理由で他に行けないと言っていたが、多少無口なくらいで、むしろ彼は気遣い屋にさえ見えた。
「…………」
「別に、言いたくなければ言わなくていいがな」
「……フッ、出来のいいウソだとは思っていなかったがな……すまんが、まだ言えない。まぁ、知りたければまたここに来い。……みんな喜ぶぞ」
「フッ、それは残念だ。言われなくても、また来るよ。じゃあな、イエルク」
「…………ああ、気をつけてな」
手を振り合い、石階段を降りはじめた。まだ水が引いたばかりで、石の色が暗く、縁取る苔は瑞々しく輝いている。
ここに来た時よりも階段が長く感じた。一段一段、踏みしめるたびにこの二週間の記憶がひとつひとつ蘇る。
あたりはシン、と静まり返り、自分の足音だけが響いている。自分の足音を聞くのは久しぶりな気がする。
ブーツの靴底はすり減り、甲は土ホコリをかぶってくすんでいる。それに気づいた途端に足の裏が痛くなってきた。
なんだかんだ《アードラー》のみんなはタフだ。俺も日頃から鍛えているとはいえ、さすがにくたびれた。やはり本職には敵わないな。
そうこうしているうちに階段を降り切った。地面はまだぬかるんでいて、気を抜くと足を取られそうになる。
なんとか歩みを進め、木の根の麓を抜けたところでふと後ろを振り返る。木々の上、今朝まで寝泊まりしていた宿の屋根がわずかに見えた。
ルイーザ、オットー、ハンナ、アントンはまだ寝ているんだろうか。アントンはいびきがひどかったから、オットーはそろそろ起き出してくる頃かもしれない。俺たちがいつ起きても、ルイーザは先に起きてロビーにいたっけ。
「なんだか、ずっとあそこにいた気がするな……」
振り返れば短い時間だったのに、何気ないひとつひとつが思い出だ。寝食を共にするっていうのはいいもんだな。
「また会おう! 《アードラー》!!」
小さな宿の屋根に向かって声をかけ、また歩き出す。いつかまた、みんなに会いたいものだ。
その時にはさらに成長した姿を見せてくれることだろう。俺も笑われないよう、これからも邁進するとしよう。
岸はまだ遠い。1人の帰り道はずいぶん長く感じた。
ルイーザ編、2ヶ月かかりました。
今まで長くても一週間で終わらせていたのでこれは反省ですね。
でも書いていてすごく楽しいヒロインでしたし、1番愛着の湧いたキャラクターでした。
改めて、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
次回からはヤンデレ編です。
(今回はあんまり参考出典はありませんが、しばらくしたらこのあとがきに載せます)




