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CASE6:ルイーザ/Don’t forget

【前回までのあらすじ】


オットーは自信のなさから、その優れた能力を活かしきれずにいた。

そんな彼に、「自分も同じだ」と伝え、その上で励ますクラーク。


しかし、その次の日、クラークは風邪を引いてしまい、これからの商談に同行できなくなってしまった。

 ムワンダの街に来て二日目の朝。


 昨日は疲れていたのと、クラークさんの商談の振り返りをしていたせいで、全然街を見て回ることができなかった。


 騎士団にいた頃から、よく《灯と湖の街》の話は耳にしていた。湖に映る無数の灯が幻想的な場所だとか、飲んべえの聖地だとか。


 私だって女だ。そういう場所に憧れがないわけじゃ、ない。

 でも、団員たちの前で浮かれた姿を見せるわけにはいかない。


 だから本当は見物に行きたかったけど、我慢した。

 本当はお酒も飲みたかったけど、我慢した。


「しっかりしなくちゃ……」


「あ、ルイーザさん! 大変です!」


 団員のオットーが慌てた様子で駆け寄ってきた。どうしたのだろう。


「どうしたんですか。そんなに慌てて」


「すみません……実は、クラークさんがーー」


 風邪? 嘘、じゃあ今日の商談はどうするの。オットーが何か言っているが、考えがまとまらず頭に入ってこない。


「……それで、屋台の設営や集客なんかの指揮を任せたい、と」


 いけない。動揺したところを見せては、不安にさせるだけ。


「……わかりました。クラークさんは部屋に?」


「はい。休んでいます」


「そう……それじゃあ、えっとーー」


「あっ! 僕、医者を呼んでこないと! すみません、失礼します!」


「オ、オットー!」


 私が指示を考えている間に、「すぐ戻ります!」と言って宿の外へ走って行ってしまった。


 今日回る予定のリストはあるが、自分に彼のような交渉ができるだろうか。


 口下手だし、商売事は苦手だ。そのせいで、昔から周りと上手くいかないことが多かった。


 《アードラー》を立ち上げてからは、さらに増えたかもしれない。そんな自分にできるのだろうか。


 ……いけない。とにかく今は、やるべきことを片付けなくちゃ。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 オットーが戻ってくるまでに、クラークさんのことを他の団員に話した。


 ハンナはすごく心配して涙ぐんでいた、なにもかも任せっきりにしたせいだと、後悔もしているようだった。


 ……違う。彼に負担をかけたのは、私だ。


 負い目があったとはいえ、突然ハーレムがどうとか言いだした時は、こいつも、『金持ち領主サマ』なんだと心底呆れかえった。


 前に、プレミヨンの街は住みやすい優しい街だと風の噂で聞いたことがあった。民思いの領主が治める素敵な街だと。


 だから、ハーレムの話を聞いた時は、名君など、噂は所詮噂か、と思った。でも、ゼリュスの街で私を怒鳴った彼は真剣だった。


 真剣に、オットーのことを思い遣り、私を叱った。私を妾にしたいのではなかったのか、それならもっと優しくしてくれればいいのに、なんて思ったりもした。


 そして昨日、この街の領主とは旧知のようだったが、来たばかりのこの街を立て直すと彼は言った。その上、報酬は《アードラー》に還元してほしいと。


 それで彼に一体なんの得があるのだろう。色気のないこんなカラダにそこまでの価値があるのだろうか。


 彼のことがわからない。だけど、悪い人ではないのかもしれない、なんて思ってる。

 

 いけない、また考え込んでしまった。イエルクはいつものように寡黙なままだったが、「大丈夫なのか」という視線を送ってきている。


「こっちです!」


 その時、玄関の方からドタドタと足音がした。オットーが戻ってきたようだ。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 診断の結果はただの風邪だそうだ。二、三日安静にしていれば十分だと。

 それを聞いてハンナが胸を撫で下ろしている。私もホッとした。


 少し様子を見に部屋の前まで来た。ノックをして声をかける。


「ルイーザです。体の調子は、どうですか?」


「お! ちょうど良かった。入ってくれ」


 中から明るい声が聞こえた。声に従い、ドアを開けて中に入ると、オットーも来ていたようで、体はクラークさんに向けたまま、顔だけこちらを見ている。なんだかギョッとした表情だ。


「どうかしました? オットー」


「い、いえ!」


 うわずった声で答えて目を逸らされた。……なんなの。


 まぁ、今はいい。


「クラークさん、体調はどうですか?」


「ああ、見ての通り絶不調だ。すまないが、しばらくは動けない。飲食店街に菌を撒き散らすわけにはいかないからな」


「そう、ですね……」


「昨日の放水のせいですよね? すみません……」


「いやいや、いい歳してはしゃぎすぎた俺のせいさ。すげえ楽しくな」


「……ははっ、たしかに楽しかったですね!」


 何の話をしているんだろう。話には入れない。と言っても、この感覚はいつものことだ。《アードラー》でも、騎士団でも、いつも疎外感。


「……っと、すまんすまん。ルイーザ、これからのことだが、俺は動けない。だから代わりに君と、オットーが指揮をとってくれ。やることは盛りだくさんだが、頼めるか」


 私の視線に気付いたのか、そう言って笑うクラークさん。なんとなく甘えているような雰囲気で、毒気を抜かれる。


「だ、だからクラークさん。僕には無理ですって……」


 なるほど、私が部屋に来るまでにもその話をしていたらしい。


「いや、商談は君に任せたいんだ。君にはその能力がある」


 オットーの言葉にもクラークさんは引かない。時々押しが強い人だ。


「……私だけでなんとかします。彼には荷が重いようですし」


 見兼ねて割って入る。オットーはまだまだ半人前だ。やる気はあるけど……。


「いや。そんなことは絶対にない。もちろんいきなり完璧にはできないかもしれないが、彼の力が必要だ。彼の力が、いずれ君を救うよ」


「ちょ、ちょっとクラークさん……」


 そう言い切る彼の目は真剣だ。いつもはニコニコしているくせに、なんなの。


 でも、そこまで言い切るなんて、何か理由があるのかも、しれない。


「……わかりました」


「うむ。オットー、少し席を外してくれるか? ルイーザと二人で話がしたい」


「えー……了解です」


 なぜか不満そうなオットー、ちらりと私の顔を見て、部屋から出て行った。


「……さて、ルイーザ。単刀直入に聞こう、さっき、『私だけでなんとかします』と言ったな。なぜだ?」


 質問の意図がわからないけど、彼の言葉ほほんの微かに怒気をはらんでいるように聞こえた。


「……彼はまだ半人前だから、荷が重いと思ったから、それだけです」


「そうか。それならいつ一人前になる? 来年か? 再来年か?」


 口調は穏やかだが、思わず身を硬くしてしまうような迫力を感じる。思わずイラついて投げやりに答えてしまった。


「そ、そんなの彼次第ですよ!」


 しん、部屋が静まり返る。


「……ルイーザ、たしかにその通りかもしれない。そうだとしても、君はそんな風に思ってはいけない。トップなのだから。彼を、団員たちを一人前にする責任が、君にはある」


 噛んで含めるような言い方に、思わずカチンときてしまう。


「……っ」


 どうしてこんな、年下にこんなこと言われないといけないの……!


 なのに、悔しいのに……こんなに悔しいのに、何も言い返せない。それが何より悔しい。


「そのためには、時には信じて任せることも必要だ」


「…………もう、行きますね……お大事に」


 居たたまれなくなり、逃げるように部屋を出た。


 ドアを閉める直前、「頼むぞ」とクラークさんの声が聞こえた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 ……やってしまった。病人にあんな態度とって、安心させてあげなきゃいけないのに。


 ズーンと落ちこみながら宿の外を当て所なく歩く。

 宿の裏側にベンチがあったから、そこに行こうかと考えて歩いていると、


「オットー……?」


 先客がいた。何か箱のようなものを耳に当ててブツブツとつぶやきながらノートに何か書き記しているみたいで、隣にはメモ帳も置いてある。


「……なにしてるんですか?」


「ぅわっ! ル、ルイーザさん!」


 よほど集中していたのか、ビクンと体を震わして驚かれた。


「! それってーー」


「あ、あはは。バレちゃった……」


 それはクラークさんの話をまとめたノートだった。綺麗な字、図解付きで丁寧に記されている。


「あ、これ、さっきクラークさんにもらったメモなんですけど、すっごい詳しく書いてあって勉強になるんです!」


 話をまとめることは自分もしていたが、ここまでは仔細に分析はしていなかった。


「わざわざ、そんなことを……」


「まだまだ半人前ですけど、早くルイーザさんの力になりたいですから!」


 そう言ってニカッと笑うオットーが、私にはすごく眩しく見えた。そして同時に胸がチクリと痛んだ。


 クラークさんが来てから積極的に発言してくれるようになったし、彼の考えを理解するのも1番早い。


 思い返せば、入ったばかりの頃はよく意見を言ってくれていた。でも、日が経つごとにそれが減っていって……。


 今思えば、叱ってばかりで萎縮させてしまっていたのかもしれない。いや、きっとそう。


 剣を教えて欲しいという彼に、私は真剣に向き合ったつもりだった。


 でも、私は人に教えてもらったことがないから、うまい教え方がわからなかった。


「ルイーザさん……?」


 こんな努力家を半人前だなんて一蹴した自分に嫌悪感を覚える。


「どうかしましたか?」


「いえ……」


『時には信じて任せることも必要だ』


 クラークさんの言葉が頭をよぎった。目の前のオットーは、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。


「……オットー、さっきはすみません。あの……それで……その、今日の商談、任せてもいいです、か」


「え……でも、僕なんかが……」


「……入団したばかりの頃、よく意見を言ってくれていましたね」


「あっ、すみません! 生意気でした、よね……」


「ち、違います! そうじゃなくて、クラークさんが来てからも、彼の考えを最初に理解するのはいつもあなたでしたし、だから……」


 うまく言葉が出てこない。いつも叱ってばかりの私の口は、クラークさんのようにはできない。でもーー。


 オットーの顔を見ると、次の言葉を待っているようだ。


「……頼みます」


 私にはそう言うのが精一杯だった。


 でも、オットーは一瞬固まったあと、パアッと笑い、立ち上がった。


「わっ、わかりました! 僕、頑張ります!」


 でも、その拍子に、メモやらノートやら筆記具やらがバラバラと地面に落ちてしまい、彼はそれを慌てて拾っている。


「……フフッ」


 喜んだり慌てたり、コロコロと忙しい子だと思ったら、なんだか気が抜けてつい笑ってしまった。


 それに釣られてオットーも照れ臭そうに笑っている。


「へへへ……」


 もしかしたら、すごく簡単なことだったのかもしれない。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 アントンとイエルクには人集めと屋台用の資材集めを、ハンナにはクラークさんの看病についてもらった。


 クラークさんは「自分の看病に人手を割くなんて」とゴネていたけど、「早く治してもらわないとこっちが困るんです」とハンナの強い押しもあって、最終的には折れたみたい。


 ハンナとは女性同士だから一緒にいることも多いけれど、正直イマイチ何を考えているかよくわからない。


 人懐っこいし、話すのが上手だし、気も利くし、料理だって美味しいし、良い子だとは思うんだけど……いけない、また考え込んでる。


 今は目の前のことに集中しなくちゃ。


「ルイーザさん、ここみたいですよ」


「また、派手なお店ですね……」


 私たちが立っているのは、この街で一番の人気店だという酒場。外装は昨日のお店とは真逆のド派手な見た目、原色のペンキがデタラメに塗りたくってあって、まるで子供の悪ふざけのような店だ。


「けどすっごく人気らしいですし、きっとお店の人もいい人ですよ! 入りましょう」


 オットーは緊張を隠すように笑った。やはり荷が重かったかもしれない。もしもの時は私がフォローに入ろう、って言っても、私もうまくできるかわからないけれど……。


「そうね、入りましょーー」


「オイオイオイオイオイオイオイオイ!! なんだなんだ店の前でまだ営業時間じゃねぇぜまったくせっかちさんだなぁあんたらもうちょっと待っててくれあとちょっとのちょっとほんのちょっとだからよ!!!」


 突然、お店の中からけたたましい声を上げて女の人が出てきた。あまりの早口でなにを言っているのかよく聞き取れない。


 だが、この人がこのお店の人だというのは一目でわかった。


 すらっとした細身で、冗談みたいに真っ赤な髪が綺麗な人だけれど、身につけたエプロンはお店の外装と同じく、パレットをひっくり返してごちゃ混ぜにしたような色をしていたからだ。


「え、あ、あの……」


 オットーはすっかり出鼻をくじかれたようだが、めげない。


「僕たちは客じゃありません。実は、今回のーー」


「ああああぁん? 客じゃないなら用はないようちは昔からセールスお断りでやってるんだ先代も先先代もその前からずーーーっとそうなんだよ悪いけど他当たりなじゃあな気をつけて帰れよ」


「ちょ、ちょっと待ってください! セールスでもないんですよ! スーズさんから依頼をもらって、この町の復興のためーー」


「なんだなんだなんだなんだ復興だって? アンタら見ない顔だなよそ者だなよそから来たばかりの奴らに復興についてとやかく言われる筋合いなんてないよスーズがどう言おうが関係ないねうちらはずっとうちらだけでやってきたんだ今更よそ者の手なんか借りないってのさぁわかったらさっさと帰ってくんな仕込みがあるんだ忙しいんだてんてこ舞いなんだ」


 ……これは手を焼きそうだ。泣きそうな顔のオットーと顔を見合わせた。きっと私も同じような顔をしているのだろう。

ブクマは39になりました。

読んでくれる人がいるのはありがたいことです。


ルイーザ編がずいぶん長くなってしまいましたが、もう少しお付き合いください。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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