CASE6:ルイーザ/まものと木
【前回までのあらすじ】
街の被害は想像以上に深刻だった。
街の領主のスーズはクラークの旧知の相手、進まない復興に頭を悩ませている彼に、クラークは協力を申し出る。
そして、その対価としてクラークが求めたものは、専属傭兵団の地位を《アードラー》に与えるというものだった。
ひとしきり笑いあった後、《アードラー》の先を急かすような視線に気付いた。ひとつ咳払いをして、今更だが確認だ。
「……さて、スーズ。ひとつ先に聞いておきたいことがある。街を襲った魔物についてだ」
「ああ……あいつのことか。お前が聞きたいのは、どんなやつで、ちゃんと殺したのかってことだろ?」
「そうだ。今は、噂に尾ひれがつきすぎてよくわからんことになっているからな」
ここに着くまで、多くの行商人たちに話を聞いたが、信頼に足る情報はなかった。被害の範囲についてだけは概ね正解だったかもしれないが。
「はい! 山より大きかったって本当ですか!」
ハンナが手を挙げてスーズに質問を投げた。二つに分けた髪の毛がふわりと揺れて、小動物の尻尾のようだ。
「それなら俺も、はい! たまたま街にいた兵士たちが手も足も出なかったって本当ですか!」
興奮気味にアントンが続く。巨体を急に動かしたせいで、となりに座るイエルクに肩がぶつかって迷惑そうな顔をされている。その様子を見て、オットーも何か思いついたようだ。
「……え、それなら僕もーー」
「も、もう! いい加減にしなさい!」
さすがに見かねたルイーザが止めに入った。その様子を見ていたスーズは楽しそうに膝を叩いている。
「さすが、クラークの連れだな。おもしれぇわ」
「だろ?」
「だろ、じゃありません。あなた達も慎んでください」
ルイーザに諌められた。横目で睨んでいる。「すまん」と謝り、スーズに話を促した。
「確かにデケェやつだった。まぁ山ほどじゃなかったな。けどデカイ船くらいはあったと思うぜ? 見た目はそうだな、翼の生えた蕾、みたいだったな」
スーズの言葉に、オットーが反応する。
「蕾? ですか」
「ああ。こう、でっけー蕾に鳥の翼が生えてんのよ。あとは大量の蔦をぶら下げてたな。それが生きてるみたいに襲ってきたんだ」
「そんな魔物、聞いたことがありませんね……それで、どうやってそいつを追い払ったんですか? 街には何人か兵士も駐留していたと聞きましたが」
顎に手を当て、質問するオットー。道中で話をしたが、かなりの勉強家のようで、荷物のほとんどは魔物に関する書物らしい。そんなオットーの「聞いたことがない」という言葉は、ほかの《アードラー》の面々を少し動揺させた。
「そいつらも頑張ってくれたけど、全然歯が立たなくてよ。怪我人は出るわ建物はめちゃくちゃにされるわで、いよいよどうしようかと思った時に、たまたま街にいた背の高い若い兄ちゃんが、こう、パパッと一人で倒しちまったんだよ。あれには驚いたぜ」
「ひ、一人で!?」
「驚いたな……」
「すごー……」
スーズの予想外の言葉に、全員愕然とした。ここに来るまでに見た景色、あれをもたらした魔物を一人で討伐するとは……。
「一体誰なんだ? その剣士は」
「それが、魔物が死んだのを確認したと思ったら、さっさとどっかに行っちまってよ。名前すらわかんねーんだよ。礼をしなくちゃいけねーから、探してはいるが手がかりなしだ」
「そうか、是非会ってみたいものだが……まぁ、そんなに腕が立つ剣士ならいずれ名が売れるだろう。その時のお楽しみだな」
「そうだな」と相槌を打った後、おもいついたように、スーズが飲み物を取りに行くと言って部屋の奥に入っていった。さて、戻って来る前に……。
「クラークさん、さっきの件ですが……」
おっと、先にルイーザから催促されてしまった。
「ああ、すまない、先に話しておくべきだった」
「いえ、たしかにもし街が立ち直って、専属傭兵団に……そうなれば安泰なのはたしかです。しかし、先の話にあったような魔物の襲撃があったら、私たちでは、その……。それに、そもそも今のままでは街が立ち直るのかどうかさえ……」
言葉に詰まるルイーザ。
「不安な気持ちはわかる。だが聞いてくれ、現状を打破するには、いつかは自分たちのキャパシティを超える仕事をすることが絶対に必要になる。絶対にだ」
「たしかに……そうかもしれませんけど」
「ルイーザ、このメンバーならできる。大丈夫だ。そしてもうひとつ、この街が立ち直れるかどうか、それについても安心してくれ。なんとかしてみせる」
ルイーザの黒く澄んだ瞳を見据え、はっきりと伝えた。不安そうな仲間をきちんと安心させる、これも大切な仕事だ。
いかにも、なぜ言い切れるのかと言いたげな様子のルイーザが何か言おうとした瞬間、家の奥から声が聞こえてきた。
「おーい、誰か茶を運ぶの手伝ってくれー」
「あ、僕行きます」
「私も!」
呼びかけにオットーとハンナが応えた。立ち上がり、声の方に早歩きで向かっていった。
◇◆◇◆◇◆◇
作戦会議を終え、スーズを連れて街を見て回る。気温は熱いが、頭上の大樹の影と、湖の上を吹く風のおかげで快適だ。足元の床材はしっかりと固定されており、少々はねようがびくともしない。見ると、木の凹凸をうまく組み合わせ、蔦で作った腕くらいある太さのロープで固定しているようだ。建物があるエリアの足場はもっと念入りに建てられており、襲撃があったというのにびくともしていない。
天然の木々の上、という立地上、町中のいたるところに勾配や段差がある。後から継ぎ足されたような通路も多く、そちらはかなり不安定なつくりをしているが、それがまたこの場所での生活感と情緒をもたらしているように感じた。
「店のタイプは二つにわかれてるんだな」
「ああ。店内か店外で飲み食いするかだな。うちの街は景色が自慢だから、やっぱ外で食うのが人気だ」
街のあちこちには買い食いスタイルの顧客のためのベンチが設置されている。湖の上を走る風は涼しく、なるほど、観光地として人気になるのも頷ける場所だ。
「たしかに……見渡す限りの湖に、遠くに広がる山々、それに見上げれば、この大樹……本当に気持ちのいい場所ですね。それにしても、歩いてきた時も思ってましたけど、こうして見ると本当に大きな木だなぁ」
「おっきーい……」
街の象徴であるこの大樹は、樹齢数千年以上らしい。ちなみに、この木には大きさ以外にもたくさんの特徴があるが、それは後で説明しよう。
ちなみに、アントンとイエルクには他の仕事を頼んでおいた。アントンは作戦会議の時から既に眠そうだったし、適性のない仕事に心を砕くのももったいないからな。
本当はイエルクもこちらに同行してもよかったが、ハンナとオットー、この二人にも経験を積ませたいという意図があるから、今回は別行動だ。
「このあたりは盆地だ。四方を山に囲まれてる。山を越えた旅人たちは、このでけー木を目指して旅をするのさ。ま、シンボルってやつだな。この木、いや、木々のおかげで俺たちは生きていけるんだ……オイ、そこの取っ手をひねってみな」
「あ、はい」
ふと足を止め、根に差し込まれた金属製の取っ手を指さしたスーズ。その取っ手の下の部分だけ、他の足場と違い、格子状になっていて下が透けて見える。
言われるままにオットーが取っ手をひねると、ちょろちょろと水が流れ出てきた。
「へぇ、これは面白いな。どんな仕組みになっているんだ?」
「これはこの木の性質さ、昼間はとにかくたくさんの水をため込んで、ろ過してくれんだよ。だからこうして少しひねるだけで水が出るってわけよ。ま、夜には出なくなるけどな」
スーズは得意げに鼻を鳴らして解説してくれた。なるほど、だからこんな場所でも生きていけるんだな。湖の水も汚いわけではないが、身近に人間がいる以上、そのまま飲み水にし続けるわけにはいかないだろう。
「どうしてですか?」
「夜には吸った水を全部吐き出しちまうからよ。この湖をいっぱいにするくらい、大量に吐き出すんだ。もうすぐ夕暮れだし、実際に見たほうが早いかもな」
ハンナもオットーも「吐き出す」という言葉にあまりピンと来ていないようだ。俺だって人から伝え聞いただけで、実際に見たことはないから、二人の反応もよくわかる。
「はい! 夜にのどが乾いたらどうするんですか? 湖まで下りるんですか?」
ハンナが素朴な疑問を投げかけると、スーズは待ってましたと言わんばかりの表情で答えた。
「決まってんだろ。酒を飲むんだよ。この街では、酒が夜の水なのさ」
「それが言いたかっただけだろ」
「ばれたか。まぁ酔っぱらう大義名分にしてはよくできてるだろ?」
笑って流したが、あながち妄言というわけでもない。というのも、飲酒という行為に罪悪感を持つ人も少なくない。そういった人にとって、ある種、酔っぱらう言い訳を用意してくれている場所というのは価値があるのかもしれないな。
「じゃあ俺はそろそろ戻るからな、後は頼むぜ」
「ああ、ありがとう」
礼を言うと、スーズは家にさっさと戻っていった。
「さて、じゃあ店に入ろうか。今回のプランの町民全体への共有は、あとでスーズからやってもらう予定だが、やはりキーマンへの根回しは早い方がいいだろうからな」
「そういうものですか」
「そういうもんだ。それと、何件か回る予定だが、次の店からはルイーザとオットーとハンナにも説明をやってもらうから、そのつもりでいてくれ」
「え……」
三人が声をそろえる。三人とも唖然としているが、特にオットーの反応が激しい。
「大丈夫。大筋は俺が話すから。競争が激しくなるこれからの時代、多少こういった交渉事にも慣れておかないとな」
たしかに、という納得と、不安とがせめぎ合っているようだ。さて、二の足を踏んでいる暇はない。早速店に入ろう。
◇◆◇◆◇◆◇
店の正面扉は壊れていたので、その隣の壁をノックして声をかけ、店に入った。
三階建ての吹き抜けの店内、なんだろうが、三階部分は無惨に破壊され、ぽっかりと穴が開いている。店の入り口のすぐ脇には三階の無事だった家具や備品が雑然と積まれている。
店内は雑多な雰囲気だ。統一感がなく、あちこちのお土産をひとつの棚に押し込んだような雑な印象を受けるものの、それが独特の落ち着く空気、なんでも許してくれそうな懐の深さを作っているように感じた。
それでいて、カウンターに並べられた酒瓶には埃一つ乗っていない。日が傾き、窓から差し込んだ西日が瓶に反射して、そういった細かい気遣いと雑多な雰囲気とのギャップを明らめていた。
「いらっしゃい。すみませんが、まだ準備中です。もう少し待ってもらえますか?」
カウンターに腰掛けている愛想のいい年配の女性に声を掛けられた。深く刻まれた笑い皺のせいで、ただ見つめられるだけで、もてなしを受けているような気分になる。
「いえ、客ではありません。初めましてティフィンさん。スーズの友人のクラークと申します」
「あら、スーズのお友達でしたか。初めまして、店主のティフィンです」
そう言ってティフィンさんは笑い皺を深くした。小柄な女性だが、所作の端々に貫禄を感じさせる人物だな。
スーズから、街の有力者に話を通すなら、まずティフ婆に話せと言われている。新しいことを始める時には、この街1番の古参であるこの人物に説明をするのが慣習になっているそうだ。
「それで、今日はどうしたんですか?」
「はい。結論から言うと、先の襲撃で被害を受けたこの街を復興するためのプランを用意しました。そして、ティフィンさんにもご協力いただけないかと思い、こうしてお願いに参りました」
「……なるほどね。わかりました。詳しく教えていただけますか? あなたが何者なのかも含めて」
ティフィンさんはテーブル席へ俺たちを促した。
ブクマ数が25になりました。天にも昇る心地でおります。ありがとうございます。




