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CASE6:ルイーザ/湖と灯の街

【前回までのあらすじ】


落ちこぼれ傭兵団アードラー立て直しのためにクラークが拠点に選んだのは、大陸でも随一の観光地《湖と灯の街》ムワンダ・ムゥチ。


しかし、その街は数ヶ月前に大規模な魔物の襲撃を受けたばかりだという。


不安を抱えつつ、街に向かったクラークと《アードラー》一行だったが……。

 昼前にムワンダ・ムゥチに到着した。街の象徴のひとつ、見渡す限りの広い湖は、その半分が干上がっており、そこを行き来する人々がポツリポツリと目に入る。


 魔物の襲撃があるまではもっと多くの人の行き来があったらしいが、今では人通りもまばらだ。


 湖のほとりから街を遠巻きに見たときでさえ、倒壊した建物、焦げた木々の痛々しい様子が嫌でも目に入ってきたくらいだ。襲撃の影響は大きいようだな。


 湖の干上がった場所を渡り、街を支えている大樹の足元に広がる木々にたどり着いた。頭上には、大樹の根が複雑に絡み合い、巨大なアーチを作っている。そこをしばらく歩くと、街に上がるための石階段が姿を現した。


 もともとあった自然の岩を使って造られたため、階段の段の高さはまばらで、端の方は浅い緑の苔で覆われている。陽の光を受け、苔の表面の水分がキラキラと輝きを放っていて眩しい。


「けっこう、歩きますね」


「湖の端から、もう、2時間は、歩いてる……疲れたぁあ」


 傭兵団というだけあって、みんな体力がある。だが、比較的体の弱いオットーとハンナは辛そうで、足取りが重くなってきている。


「もう少しで着くからよ、ほら、我慢」


 アントンがからかうように二人に笑いかける。彼はまだまだ余裕といった様子だ。イエルクも黙々と足を動かし、先頭のルイーザも、振り返らずにスタスタと石階段を上っている。さすが、元騎士団は鍛え方が違うな。


「馬車で来ればよかったんじゃないですか〜」


 ハンナの言う通り、本来であればカウルスの引く馬車に乗って来たかったのだが、残念ながら湖のほとりの厩に預けてきてしまった。木の上の街は狭い道が多いく、馬や動物を繋いでおくスペースがないのだ。


「でも、それなら下においておけばいいんじゃないですか?」


「そんなことしたら、夜になったらカウルスが溺れてしまう。見ろ、あそこから階段の様子が変わっているだろう」


 オットーの疑問に、石階段の少し先を指を指し、答えた。


「夜にはあそこまで湖に沈む。今しがた俺たちがせっせと歩いてきた道も水の下だ。よく見ると色が違うだろ?」


「ええ! どういうことですか?!」


「へぇ、潮の満ち引き、みたいなものですか?」


 驚くハンナ。対してオットーは冷静だ。


「ハンナはいつもいいリアクションだな。まぁ、夜になってのお楽しみ、とだけ答えておこう。なかなか見ごたえがあるらしいぞ」


 言葉を濁すと、二人とも不服そうな顔になった。その様子を見て、アントンが嬉しそうに頰を上げている。無口なイエルクも、心なしか楽しそうな雰囲気を醸し出している。


 《湖と灯の街》が本領を発揮するのは夜になってからだ。俺も実際に見るのは初めてだから、少し楽しみだ。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 ようやく長い階段を上り終えた。自然の岩と地形を利用してつくられたせいで、無駄も多く、ずいぶん遠回りしながらの到着になった。途中途中の場所からも上層部の建物の様子は見えたが、いざこうして目の前にすると。


「けっこうひどいですね……」


「うん……」


 先ほどまでの浮かれた様子が嘘のように静まり返る一向。無惨に倒壊した建物と、うなだれる人々の姿を見れば、そうなるのも無理はない話だ。建物、主に二階建て以上のものの被害がひどく、天井が崩れていたり、2階や3階がまるごとなくなっている。木の上に建てられているため、町全体には段差が至る所にあり、比較的低い場所に立っている建物は、幸いにも無事なものが多い。


「なにがひどいもんかよ、これでもだいぶマシになったんだぜ……クラーク」


「……! 久しぶりだな。スーズ」


 突然声をかけてきた30代後半くらいのこの男はこの街の領主、スーズだ。緩めの服を崩して着こなしており、上半身はほとんど裸だ。鍛えられた黒い肌には古傷がいくつも刻まれている。この傷をつけた魔物たちの骨を使った装飾品をじゃらじゃらとぶらさげているせいで、一挙手一投足が賑やかだ。


 スーズ、という名前を聞いて、ルイーザとイエルクはムワンダ・ムゥチの領主だと察しがついたようで、わかっていない三人にいそいそと耳打ちしている。


「前の中央会議以来だから、5年ぶりか? 益々生意気な面になったな!」


「アンタは全然変わってないな! 元気そうで何よりだ」


「俺はくたばっても死なねえよ。それよりオマエ、来るのがおせーよ! 遊びに来いって何回も誘ったろーが」


「すまんすまん、プレミヨンで色々と忙しかったんだよ」


「ま、親父さんから引き継いでしばらくはバタバタしてただろうし、いいけどよ。それにしてもオマエみたいなガキに、もう領主の座を引き継いじまうなんてな。まだまだやれただろうに」


「俺もそう思うよ。ま、親父は親父なりに考えがあるみたいだ」


「あっそ、まぁ困ったらいつでも俺を頼れよ……って、3か月前ならもっと堂々と言えたんだがな」


 飄々とした態度のスーズだが、よく見るとずいぶんやつれている。肌が黒くてわかりにくいが、目元に疲れがにじんでいる。


「ま、こんなところで話すのもなんだ。うちに来いよ。そっちのやつらも連れだろ? 一緒に来いよ。歩いてきて疲れたろ」


 いつ挨拶をしようかタイミングを計っていた《アードラー》の面々に向かって、装飾品をジャラジャラと鳴らしながら手招きをするスーズ。そして返事をする間もなく、さっさと歩き出してしまった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 スーズの自宅は街はずれの木の上にあるツリーハウスだ。街を支えている大樹と、それに連なる木々の上に街はまとまっているが、この家だけは別で、移動には細いつり橋を使わなければならないようだ。


 先頭をさっさと進むスーズのせいで、つり橋が大きく揺れる。下にはさっき通ってきた湖の干上がった茶色い大地が広がっており、高さは90フィートはありそうだ。さすがにこの高さは俺も怖い。


 後ろを見ると、ルイーザと目が合った。彼女も平静を装っているが、両側の縄をつかむ手がかすかにふるえている。


 さらにその後ろを見ると、アントンとオットーも震えながら必死でついてきている様子が目に入った。意外なことにオットーは平気なようで、むしろ景色を楽しんでいるようにすら見える。そしてイエルクはいつものように真顔で殿を務めてくれているようだ。相変わらず頼りになるやつだ。


「早くしろよなー」


 早々に橋を渡り終えたスーズが急かすように手を振っている。震える身体を鼓舞し、慎重に歩みを進めた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 外から見ると、家主と一緒でずいぶん派手な建物に見えたが、家の中に入るとその印象は一変した。広い部屋の中には大きなソファが3つと、木目の美しい、凝った装飾のテーブルがひとつだけ置いてあるだけで、調度品などといったものが一切見当たらない。驚いている俺たちには目もくれず、スーズは奥のソファにどさっと座り込んだ。


「まぁその辺に座ってくれ」


「あ、ああ……」


 俺がソファに座ると、ルイーザは立ったまま恭しく話し始めた。


「スーズ様、ご挨拶が遅れました。私はこの傭兵団アードラーのリーダーのルイーザと申します」


「こりゃご丁寧に。俺はここの領主のスーズ・プランタンだ。よろしくな……とりあえず座ってくれよ」


「失礼します」といって座ったルイーザに続き、他の団員もソファに腰かけた。


「……ふう、驚いたろ? 観光客に大人気の<湖と灯の街>が、いまじゃ閑古鳥があちこちでピーピー鳴いてる始末だ」


「噂には聞いていたがな、実際に見るとなるほど、復興にも手間取っているようだな」


「まぁな、元々うちは観光客向けの産業、特に飲食店を中心に成り立っていた。もともとあんまり利益を重視してこなかったから、蓄え自体多くなかったわけよ。そこでそれをどうにかしようと、新店舗やらインフラやらを整え始めた矢先に魔物の襲撃だ。もうスッカラカン、お手上げよ」


 戯けたように手をひらひらと動かすスーズの顔は笑っているが、目の奥からはひどい疲れと、それでも諦めるつもりはないという意志を感じた。


 外に吹く強い風が窓を軋ませている。ここは高台、外からのアクセスも良くないし、決して住みやすい場所ではない。それを大陸でも有数の観光地にした歴代の領主の手腕は並ではないが、魔物の予期せぬ襲来は大きな打撃になってしまったようだ。


「……今は帝都からの物資待ちだが、他の場所でもちらほら魔物の被害が出てる。いつになることやらって感じだな」


「そうか……」


「…………フッ、いいからそろそろ本題に入れよクラーク。なんか面白いことするために、わざわざこんなとこに、こんなタイミングで来たんだろ?」


「……相変わらず短気なやつだな。だが、その通りだ! 今、このタイミングだからこそできる施策を持ってきた。そう、支援がないなら、復興費を自前で稼げばいいだけだ!」


「……はっはっはっ! やっぱりなんか考えてやがったな! いいぜ、お前が言うなら乗ってやるよ。それで? 報酬は何が欲しいんだ?」


「具体的な話もしていないのに即決とは、つくづくお前らしいなスーズ。話が早くて助かる。……欲しい報酬は一つ、《アードラー》を、この《湖と灯の街》の専属傭兵団にして欲しい!」


「えっ……!」


 ルイーザが驚いたように声を上げた。やべ、話してなかった。またやってしまった。まぁいい! 今は進むだけだ!


「……おい、それだけでいいのか?」


「ああ。俺の策が成功すれば、この街は前以上に栄える。そうなったとき、《湖と灯の街》の名前を背負う価値は、とてつもないものになっているからな」


「言うじゃねえか! それでクラーク、どうするつもりだよ!! さっさと言えよ!」


 子どものように目を輝かせるスーズ。こいつのこういうところが好きだ。


「……この作戦のタイトルは、『半壊した街を、逆にウリにして、観光客を呼び込む作戦』だ!!」


「ほほぉ!! 全然意味わかんねーな! はっはっはっは!!」


「だろ? はっはっはっは!」


 大笑いする俺たちを、冷めた目で見つめる《アードラー》。というか、ルイーザ。色々段取り不足だが、やるしかないぜ!

私の発案した新規事業が頓挫してしまった今日この頃です。しょんぼり。


それはそうと、ブクマが24になりました。めっちゃ嬉しいです。これからもお付き合いいただけると幸いです。

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