CASE6:ルイーザ/1on1は何のために
ルイーザの後を追ったが、あの健脚に俺が追いつけるはずもなく、おめおめと店に戻った。すでにアントンたちは食事を終えており、俺とルイーザの分は店の人に頼んで包んでもらってくれていた。
通常、傭兵集団が仕事を受ける際には、仲介ギルドを介することが多い。
しかし、冒険者が増え、傭兵団が乱立している昨今では、大店仲介ギルドの《ポリティス》へ依頼が集中し、依頼を断るケースも目立ってきた。
そのため、フットワークの軽い小さなギルドや、そもそも間に業者を挟まずに直接傭兵団へ依頼を出すケースもあるようだ。
ただ、そういう依頼は大抵リターンの少ないものばかりで、その依頼を受けるのは、《アードラー》のような無名の団体くらいだろう。
掲示板を確認し、張り出されているいくつかの仕事をノートに書き留める。それからゼリュスでいくつか買い出しをして、近くの原っぱで野宿することになった。
◇◆◇◆◇◆◇
あたりは夕暮れ、ところどころ茶色く禿げた原っぱには、淋しそうに飛ぶ鳥と、こちらを遠巻きに見ている鹿の家族しかいない。遮るものがないせいか、時折馬車が揺れるほどの風が吹いた。
野営地では、牛の頭の下に肉食獣のどう猛な口をつけたカウルスが地面の草をゴリゴリとすりつぶして食べる音と、ハンナとオットーが食事の支度をする音だけで、誰も話そうとしていない。夕暮れの雰囲気も相まって、どこか寂しげだ。
アントンとイエルクは武器の手入れ、ルイーザは少し離れたところで木にもたれかかって物憂いげな顔をしている。
さっき怒鳴ったせいで気まずいが、まず彼女と話さなければ何も進まない。意を決し、立ち上がって彼女の元へ向かった。
「ルイーザ、さっきはーー」
「いいんです。流石に、口が過ぎました」
きっぱりとした態度のルイーザ、澄んだ黒色の瞳は、少し影を落としているように見える。
根元から大きくねじれた二本の木、まるで鏡合わせのように、グネグネと反対方向に伸びている。俺ももう一本の木の根元に座り込んだ。尻の下の落ち葉がカサカサと子気味良い
音を立てた。
「いや、何も怒鳴ることはなかった。すまない」
「……怒鳴られたのは久しぶりでしたけど、昔はよく怒鳴られてましたから」
「へぇ、なんでも卒なくこなしていそうなイメージだったよ」
俺の言葉を受け、まるで自分自身を嘲笑するようにフッと鼻で笑うルイーザ。
「まさか……昔、騎士団にいた頃から、周りについて行くので精一杯でした」
騎士団、この世界で騎士団といえば、王都の騎士団を指すことがほとんどだ。少数精鋭、入団試験の倍率もさることながら、任務と訓練の過酷さに離れていく者が後を絶たない。
しかし、そこに所属していた、というだけでなにかと拍がつくため、参加者は年々増えている。大手傭兵団を率いているのは、だいたいここの出身だ。
「意外だな」
「私、みんなが普通にできることができないんです。必死で頑張って、やっと人並みです」
ルイーザは視線を落とし、木の根を慈しむように撫でている。二本の木の間を夕日が遮って、表情はよく見えない。
「そんなことはないと思うが……どうして騎士団を抜けたんだ?」
「……平たくいうと、息苦しくなってしまったから、ですね。人を助けられる人になりたくて、門を叩きました。でもいつからか、騎士団にいるのが苦しくなってしまったんです。とにかく、いつも不安で息苦しくて」
堰を切ったように話し始めたルイーザ。
「……それで嫌になって辞めて、《アードラー》を立ち上げました」
スッと立ち上がり、大きく伸びをしてから「すみません、退屈な話ですね」とため息混じりに呟いた。
「そんことないさ。話してくれてありがとう」
「……お礼を言われることじゃありませんよ。それにしても、今日一日だけでもうちはこの有様です。まだ続けるんですか?」
突き放すような言葉だが、俺には不思議と、縋り付きたいのを抑えているように見えた。
「ふ、当然。むしろ、俄然燃えているくらいだ。さっそくやりたいことがある。今日、この後団員を借りてもいいか?」
俺の唐突な提案に「あんまり遅くならないようにしてくださいね」とだけ言い残し、ルイーザはキャンプの方に向かった。ハンナとオットーが食事の支度を終えたようだ。
◇◆◇◆◇◆◇
キャンプから少し離れ、俺とオットーの2人は馬車の裏で食事を取っている。
そう、最初は『個別面談』だ。本当なら組織として目指すところを共有したかったが、まだルイーザ自身の中で固まっていないようだったからな。宿題にしておいた。
それが固まるまではこうして各メンバーのことを詳しくヒアリングし、信頼関係の構築に注力しよう。
「さて、ではさっそく始めようか。硬くならなくていいぞ、先に言っておくが、ここで話したことは秘密だ。俺と君だけのな」
「あ……はい、わかりました」
趣旨は話したが、あまりピンときていないようだ。当然だ。ルイーザはマネジメントの経験がないままトップになってしまった。それに戦力的にも彼女だけが突出しているせいで、まさに中小企業で毎日キャパオーバー中のプレイングマネージャー状態になっている。
「この仕事に就く前は何をしていたんだ?」
「故郷の村で畑を耕してました。うちは8人兄弟なんですけど、みんな農家やってますからね」
「大家族だな! じゃあどうして傭兵に?」
「……えー、恥ずかしいです」
照れくさそうな顔で笑うオットー、子どもらしい表情だ。そんな反応をされたら、もっと気になってしまう。少し茶化すように尋ねてみたところ、「しょうがないなぁクラークさんはぁ」と、くねくねと嬉しそうに話し始めた。
「ある冬に、うちの村の近くで魔物が出たんです。それも、立ち上がったら15フィートはあるくらいの大きな熊みたいな、もう大騒ぎになって、襲われた人もたくさん出て、とにかく大変だったんです」
「15フィートか……! でかいな」
「そう! 僕も遠巻きにみんなと見てたら、突然! こっちに気付いて追いかけてきたんです。もちろん振り返って逃げようとしたんですけど、怖さでもう足ガクガクで、もつれて転んじゃったんです。そうしているうちにもどんどん魔物の姿が大きくなってきてーー」
オットーの臨場感たっぷりな語りに、思わず引き込まれる。つい「それで、それでどうなったんだ」と続きをせがんでしまう。
「で、足元にそいつの影が落ちたとき、後ろの方から、こう、バーってひとが走ってきて、勢いそのままに魔物の頸を刎ね飛ばしたんです!」
「……すげぇな。そいつは名のある剣士だったのか?」
ふっふ、と腕を組んで誇らしげな顔を浮かべるオットー。
「その人が、騎士団にいた頃のルイーザさんだったんです! いやー、あの時のルイーザさん、かっこよくて綺麗だったなぁ」
語り終え、恍惚とした表情のままスプーンを口に運ぶが、てんで的を外している。頰がカレーまみれになっている。それにハッと我に帰り、袖でぐいっと拭った。
「へぇ、当時からすごかったんだな、ルイーザは」
素直に感心した。さっきの彼女自身から聞いた話とはかなり印象が違うな。まぁ、オットーの様子を見るに、少し補正がかかっていそうだが。
「そうですよ! だから、騎士団を辞めちゃったって噂を聞いたときはショックでしたけど、しばらくしてから傭兵団を作ったって聞いて、すぐに参加したんです」
「ふっ、そうだったのか。それにしても君は君で行動力のあるやつだな」
「や、でも勢いだけで動いちゃったから、今はヒイヒイなんですけどね。でも、いつかルイーザさんと肩を並べて戦えるようになるのが夢なんです」
「オ、オットー、お前……」
思わずオットーを抱きしめてしまった。なんて、健気なやつなんだ。オットーは「ク、クラークさん、どうしたんですか?」と呆気にとられている。ハッ、いかんいかん、つい感情的になってしまった。
それから、いくつか質問を重ねていくうちにわかったことがある。とにかくオットーはモチベーションが高い。あれだけルイーザにキツイことを言われた後だというのに、大したやつだ。
ただ、厳しい鍛錬を続けても、なかなか実戦でそれを活かせておらず、それが漠然とした不安になっているようだ。無理もない。
「オットー、君が実戦で力を発揮できるよう、俺も色々考えてみるよ。だから、諦めずに鍛錬を続けてくれ。それと、辛ければすぐ頼ってくれよ。昨日からの付き合いだが、俺は既に君のことを弟のように思っているからな!」
「えぇ……弟って……ははっ、わかりました。頑張りますね!」
ガッツポーズをして、焚き火のそばに戻っていった。とりあえず今聞いたことをノートに漏れなく書き留めておこう。
こうした面談中にメモを書いたり、地球ならパソコンを開いたりすると、相手にいらぬ緊張を与える可能性があるからな。極力リラックスした状態で話せるよう、マイナス要因はなるべく排除する。
よし、1人目は終了だ。次はイエルク、その次はアントン、ハンナ、最後はルイーザにしよう。幸い、明日は時間がある。腰を据えて取り組むとしよう。
ネタ集め&仕事が山場なため、三日間ほど更新お休みします。




