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CASE6:ルイーザ/谷底のゼリュス

 ルイーザに追いついた。彼女は波打つ両刃の剣・フランベルジュを構え、すでに魔物と対峙している。


「ルイーザ!」


 声をかけると、ルイーザは魔物を睨みつけたまま、武器を構えろ、と身振りで示した。アントンは鈍く光るメイスと小ぶりな盾を構え、「下がっていろ」と言った。言われた通り、木の影まで後退して魔物を観察する。


 その魔物は、艶のある漆黒の毛並みをした狼の姿をしている。だが、普通の狼と違い、身体が一回り大きく、体長は8フィートはありそうだ。そして何より、口元からボタボタと黒い泥をよだれのように流している。魔物はそれぞれ姿形が異なるが、必ずこの黒い泥という共通点がある。


 口から垂れた泥は、地面に落ちた途端に一瞬で蒸発し、跡も残らない。


「イエルク、ハンナ、援護しろ。アントン、オットーは私に続け」


 あごひげを生やしたイエルクとハンナは弓を構えている。イエルクは小回りの効きそうな中型の弓、ハンナは鉄で補強された大ぶりな弓を使っている。


 魔物ににじり寄っているアントンは、射線を確認しようと一瞬後ろを向いた。


 ーーその瞬間、魔物は隙を見せたアントンへ、風のようにしなやな動きで襲いかかった。


「アントンッ!」とハンナが叫び、ルイーザは即座にカバーに動いた。アントンも襲いかかる敵に気づき、とっさに盾を構える。


 が、魔物の勢いは殺せず、そのまま地面に押し倒された。


 魔物はアントンの喉笛に狙いを定め、喰らい付こうとしたが、ルイーザがなんとか間に合い、魔物の身体を横薙ぎに切り払った。


「イエルク! ハンナ!」


 飛び退いた魔物を見て、ルイーザがそう叫ぶと、イエルクが素早く弓を構え、矢を放った。だが、ハンナは矢をつがえるのに手間取っているようだ。矢は後ろ足辺りに命中し、魔物が一瞬怯む。


 その機を逃さず、ルイーザは袈裟斬りで魔物の頸を切り落とした。身体を離れた頸は地面に転がり、その断面と口、目、耳からは赤い血ではなく、黒い泥がとめどなく流れ落ちている。


 小柄なオットーはよく手入れのされた剣を構えたまま、オロオロと立ち竦んでいた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 魔物の死体は、溶けて消えてしまうものと、この狼のようにそのまま残るものとに分かれる。理由は不明だが、一般の動物に近い見た目の魔物ほど、死体は残りやすいようだ。


 魔物の討伐が終わり、近くの町へ死体を届けて報奨金を受け取った。ここはプレミヨンから山二つを越えた距離にあるゼリュスという谷底の町だ。


 巨大な谷底を縫うように木造の建物がポツポツと生えている。谷は深く、真昼にしか日が当たらないせいか、街全体に退廃的な雰囲気が漂っている。


 この町を収める領主は、《エウシ》を崇める宗教にのめり込み、今は王都に召還されている。留守の間に町を収めているのはその息子らしいが、まだ幼いこともあり、この有様なんだそうだ。


 丸太を使って作られた街並みは遠くから見ると美しいが、近くまで来ると、活気や生気のない、ただそこにあるだけの空虚な存在に思えた。痩せた木を使っているせいか、建物はガタガタで、いたるところに隙間があるようだ。


 しばしば町に響く鳥の鳴き声さえ、辺りに広がる物悲しさを、一層引き立てているように感じた。


 家の前にはいくつもの露店があり地面に商品を無造作に並べている。店主は皆、気怠げな目で通りを歩く人々に目をやり、時折思い出したように客引きを行なっている。


 換金を終えたにも関わらず、一団の空気は重い。特にアントンとオットーは暗い表情を見せていた。前を歩くルイーザも苛立ちを隠せておらず、所作の一つ一つにそれが現れていた。そんな様子を見るたび、一団の空気はさらに重くなっていった。


「……なぁ」


「なんですか?」


 耐えきれず、横を歩くオットーに話しかける。さっきの戦いで何も出来なかったことを引きずっているせいで、その声は暗い。


「あんまり気にするなよ。次、頑張ろうぜ」


「……すみません」


 そう言って肩を叩いてみたが、俯く表情は暗いままだ。唇を噛み締め、拳を握りしめている。


 この俺、クラーク・ブラッドフォードには悪癖がある。そう、こういうやつを見ると、いじりたくなるのだ。


「なぁ、なぁ……3秒しりとり、やろうぜ。負けた方が勝った方の言うことを聞くんだ。はい、じゃあ俺から『リズム』!」


「え、えっ……あ『ムース』」


 唐突な提案に驚きつつ、思わずノッてしまったオットー。


「『スリム』」


「む、む『虫』」


「『シャーローム』」


 間髪入れずに答える。オットーは狼狽えている。


「え、また、む……えっ、えっと……」


「三秒経ったぞ! オットー、お前の負けだ!」


「ちょ、ちょっと、いきなりだったし、ずるいですよクラークさん」


 オットーは焦りながら抗議している。こうして見ると、ますます幼く見えるな、高校生くらいなんじゃないか?


「ふん、なんだかんだ乗ったじゃないか。じゃあ罰ゲームは……」


「待ってください! もう一回、もう一回やりましょう。お願いします」


 人差し指を立てて粘る。前髪にかかった茶髪の奥の瞳が燃えている。


「よかろう、臨むところだ」


「よっし、じゃあ今度は僕から行きますからねーー」


 嬉しそうなガッツポーズ、いちいちリアクションが大きくて、その度に腰から下げた小物がかしゃかしゃと揺れる音がする。楽しいやつだ。


 一行は食事をとるために食堂へ向かうことにした。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 なんてことだ、オットー。こいつ、なかなかやりやがる。今の戦績は7勝6敗だ。「早く、早く次やりましょう!」急かし立ててくるオットー。そして、14試合目が始まろうとした時、食堂についた。


 痩せた木を並べて作られた3人掛けの椅子に腰掛ける。ギシッ、と不安になる音がしたが、オットーは気にかけるそぶりもなく、次にどうやって攻めるかを考えているようだ。


 腰の曲がった愛想のない老婆に注文を伝え、ふとメンバーの顔を見ると、オットー以外はやはり暗い顔をしている。それなら、と、


「みんなで、三秒しりとりやろうぜ!」


「ーーそんなことより、まずはさっきの反省からではないでしょうか」


 向かいに座るルイーザにピシャリ、と窘められた。整った顔立ちの真顔っていうのは、なんだか冷たい印象を与えるなぁ……。


 オットーの嬉しそうな顔が、一瞬で暗く沈みこんだ。


 ルイーザの隣に座るハンナも同じく、一瞬嬉しそうなリアクションだった。しりとり好きなのかな。他のみんなも気まずそうにしている。やれやれ、続きは夜だな。いつもの戦略ノートを開き、


「わかった。では始めようか。まずは、各々の反省を言っていってくれ。それから対策を考えよう。そうだな、じゃあーー」


「では、私から」


 誰を指そうか悩んでいると、俺の言葉を遮ってルイーザが立候補した。少しせっかちな性格なのかもしれない。「わかった、頼む」と言うと、ルイーザは硬い表情のまま語り始めた。


 まぁ、わかってはいたが、その内容は大半がメンバーを非難するものだった。初動が遅い、敵を前にして後ろを向くなんて、それでも元冒険者か、矢をつがえるのが苦手なら、剣で戦え、唯一、イエルクのことだけは褒めていた。そして、オットーの番になり、


「オットー、あなたは何もしてしませんでしたね。ただ立っていただけ、一体何を考えているんですか」


「……ぁ」


「いくら訓練しても、実戦で戦えないなら何の意味もありませんよ。むしろ、訓練する時間が勿体無いです。あなただけじゃなく、私の時間も使っているんですから」


「……すみま、せん」


 オットーは声を震わせている。他の3人は気まずそうに目を逸らしており、ルイーザはますますヒートアップしているようだ。


「おい、ルイーザ……その辺でーー」


「あなたは黙っていてください。……オットー、聞いているんですか。何か言ったらどうですか」


「ぼ、僕……もっと頑張り、ます……」


 オットーは涙ぐみ、なんとか言葉を絞り出す。その痛ましさに、俺の胸も苦しくなった。


「ただ突っ立っているだけの人が! 何を頑張るっていうんですか! もういっそのこと、《アードラー》をやめーー」


「ルイーザ!! ……もうそのへんにしておいてくれ。こんな話し合いなら、するだけ無駄だ」


 店の中が静まり返る。全員が俺を見つめている。ルイーザは目を見開き、信じられない、といった顔で俺を見ている。店の外を走る、谷底をさらう強い風の音がやたら耳についた。


 ルイーザはそのまま立ち上がり、店の外へ走って行ってしまった。そこでようやく我に帰り、血の気が引いた。《アードラー》の面々の視線を感じるが、顔向けできない。下を向いたまま「すまん……」と謝るのが精一杯だった。


 アントンが必死になって「気にすんなよ」「大丈夫だって」と声を掛けてくれるが……そして間の悪いことに、腰の曲がった皺くちゃの店主が料理を運んできた。


 如何したものか……今回の試合は、なかなか難儀なことになりそうだ。

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