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CASE6:ルイーザ/傭兵たちのブルース

 地球にいた頃、高校の担任が「どんな経験も役に立つ、役に立てるつもりがあれば」と言っていた。


 当時の俺にはよく意味がわからなかった。その意味が腹に落ちたのは、それからかなり時間が経ってからだった。


 成功体験は自信を作り、他者を惹きつける。失敗談は他者に寄り添う優しさを生む。


 思えば、地球でも異世界でも、色んなことがあった。楽しいこと、悲しいこと、やりきれないこと。


 しかし、流石にこれは初めての経験だ。俺は今、誘拐されている。


 目隠しと猿轡をされ、手足を縄で縛られている。荷馬車はガタゴトと揺れ、大きく揺れるたびに尻を床に打ち付ける。


 この経験は、一体、何を生み出すのだろうかーー。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 その日は珍しくオルターのトレーニングが休みだった。理由を聞くと、


「カンパニュラさんと出かけることになっちゃって、荷物持ちが欲しいらしいです」


 と言って、はははと笑っていた。真意には全く気付いていないようだが、オルターが楽しそうなら何よりだ。


 それなら、と、隣町まで買い物に出かけることにした。


 以前、カーラの店のチラシ配りを依頼した顔馴染みの店にお礼をしたり、流行りの店を調査したりと、なかなか有意義な休みになった。


 そして、ルンルン気分の帰り道、小川のせせらぎと虫の声しか聞こえない人気のない道を通りかかったとこで。


 突然、激しい衝撃とともに地面に倒れ伏した。


 何が起きた。視界がぐるぐると回って、考えはまとまらない。後頭部の激しい痛みで、かろうじて『誰かに襲われた』ことだけはわかった。


 しかし、だんだんと意識は朦朧としてきて、次第に視界は狭窄していった。


「はぁ、はぁ……これでうちの名前も売れますね!」


「……あれ? こいつ、手配書と顔が違わないか……?」


 ーー意識を手放す直前、そんな会話が聞こえた気がした。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 目を覚ますと、視界は真っ暗、目隠しをされているようだ。蹄の音とこの揺れ、馬車に乗せられていることはわかったが、やはり手足は縛られており、身動きは取れない。


 しばらく、起きたことを気取られないようにしていると目隠し越しに、明かりが見えてきた。どうやら、犯人たちのアジトに着いたようだ。ガンガンと床に打ち付けられた尻がジンジンと痛む。


 この俺、異世界最強無双勇者のクラーク・ブラッドフォード、自慢ではないが、喧嘩はからっきしだ。すでに脚がガクガクと震えている。


 外からヒソヒソと話し声が聞こえる。複数いるな、女性の声も混ざっている。何か焦っているような声色だ。


「……起きろ、来い」


 野太い男の声だ。案内に従い、荷台から降りる。目隠しはつけたままだったが、男が案外優しく手伝ってくれた。


 そのまま人の気配があるところまで歩かされる。俺の方を見ながら、小声で何かを話し合っているようだ。女性の声もかすかに聞こえる。


 焚き火のパチパチという音と、虫の声しか聞こえないところから考えると、街からはかなり離されてしまったようだ。


 これから何をされるのか、背中にかいた汗がツーッと流れていくのを感じた。


「大声を出すなよ」


 犯人たちの話し合いが終わったようだ。後ろの男がそっと目隠しを外した。


 見ると、目の前には男女2人ずつ、後ろの1人を含め、犯人は5人組だった。女2人と男2人が、俺の顔をじーっと覗き込んでいる。その視線は、敵意よりも、むしろ必死さを感じさせた。


「……やっぱ、人、違いですよね」


 顔の整った小柄な男性が仲間に問いかけた。その表情はかなり焦っているように見える。


「…………」


 男の言葉を受け、各々が顔を見合わせて、やがて固まった。


 なるほど、話がだんだん見えてきた。


 領主という立場上、こうして狙われてもおかしくはないが、貧乏なブラッドフォード家を相手にこんなリスクをとる理由もないだろう。


 要するに、人違いだ。やれやれ。


「……とりあえず、縄を解いてくれないか」


「……すみません」


 さっきの小柄な男が申し訳なさそうに後ろに回り、手際よく縄を解いてくれた。


 ふう、安心した途端、なんだかこの状況が面白くなってきた。とにかく彼らの話を詳しく聞いてみるとしようか。



 ◇◆◇◆◇◆◇


 

 彼らは《アードラー》という名前で傭兵家業を営んでいるそうだ。傭兵と言っても、最近は仕事がてんでないらしく、今回は近くで目撃された賞金首を狙っていたところ、こうして人違いをやらかしたようだ。


「本当に、本当に申し訳ございませんでした!!」


「申し訳ございません!!」


 日本だったら土下座、いや、切腹していたんだろうなぁという勢いで謝る《アードラー》の5人。先陣を切って謝ったのがこの一団のリーダー・ルイーザだ。20代後半くらい、だろうか。浅黒い肌に灰色の髪の毛を頭の後ろで綺麗に結い上げている。なかなかの美人だ。凛とした目つきでまっすぐ謝られると、どんなことでも許してしまいそうになる。


 だが、残りの4人はいまいち頼りない雰囲気だ。体格は強そうな者もいるが、全員表情に覇気がない。


「誤解が解けたならいい。……今更だが、俺は最強無双勇者クラーク・ブラッドフォードだ」


「え……ブ、ブラッドフォードって……もしかして、領主様……ですか?」


 小柄な男が恐る恐る尋ねる。そうだ、と答えるとまたざわざわと騒ぎ始めた。うーん、話が進まないな。最強無双勇者にもツッコミはなしのようだ。残念。


「りょ、領主様に……こんなっ、こんなことーー」


「もういいもういい、申し訳ないと思うなら、謝るのはもう止してくれ。いいな?」


 謝られるのは苦手だ。


「……っ……感謝いたします」


 そう言って膝をつくルイーザ、だから、そういうのなんだけどな……美人に跪かれる、実際に体験すると、嬉しさよりも忍びなさの方が勝ることに驚いた。


「ちなみに、最近魔物が増えているという話をよく聞くが、そこへ行くと依頼は増えていそうなものじゃないか?」


 とにかく話題を変えよう。前にカーラからも聞いていたが、最近魔物は増えているはずだ。だからそれに比例して冒険者も増えている。


「……はい。暗い季節はとっくに過ぎたのに、なぜか魔物の討伐依頼はどんどん増えています。しかし、ほとんどは《クレーエ》という大規模傭兵団へと流れ、私たちのような、小規模の団体へはほとんど来ないんです。依頼が来ないと名前が売れず、名前が売れないから依頼が来ない、という状況です」


 ルイーザは悔しさをにじませながらそう語った。《クレーエ》か、聞いたことがある。歴史の古い傭兵集団で、元騎士やら、名のある冒険者たちが多く在籍している。最近、切れ者の参謀が参加し、それからますます勢力を伸ばしている、らしい。


 その点、《アードラー》の面々は全員20〜30前半くらいで、


 人は良さそうだが腕の立ちそうにない男、

 体格は良いがおどおどとして気の弱そうな男、

 ヒョロッとしていて、さっきから一言も喋らないあごひげが目につく細めの男、

 ふわふわした橙色の髪の毛と、およそ戦士には見えない細腕が特徴的な女の子、


 辛うじてルイーザは頼りになりそうだが、並べると《クレーエ》を選ぶ者が大半だろうな。もっとも、今はその並びにすら立てていないのだろうが。


 ちなみに、さっき聞いたところによると、ここはプレミヨンから遠く離れた山の中らしい。どう急いでもプレミヨンまでは半日はかかる距離だ。夜が明け次第送ってもらうつもりだったが……。


「ルイーザ、君はこれからどうするつもりなんだ?」


「……とにかく、仕事で成果を上げて、少しずつ積み重ねていくしかないと思っています。みんなにも、もっと頑張ってもらって……」


「前向きなのは素晴らしい、だが、君はこの4人を率いていかなければならない。であれば、もう少し具体的に策を考えていく必要があるだろう。最も、明日の食うに困るような状況で策を練ろと言っても、それは無理な話だろうがな」


 バツの悪そうな顔のルイーザ、他の4人も俯いている。厳しい言い方だが、今のままでは先はないだろう。


「……俺らだって、やれることはやってるんです」


「たしかに、《クレーエ》に比べたら、ダメダメかもしれないけど……」


 ヒョロッとした男と、意外にもフワフワとした女の子が反論してきた。ふむ、部外者にここまで言われて、反発するのも当然ではあるが。


「いや、まだ試していないことがあるぞ。この、クラーク・ブラッドフォードの手を借りる、という策だ」


 こいつは一体何を言っているんだ、という困惑と、もしかしたら、という期待が混じった視線を送る5人。


「なにをおっしゃってるんですか。失礼ですが、腕に覚えが?」


「ないぞ。せいぜい、このナイフで木彫りの熊を作れるくらいのもんだ」


 明らかに不愉快そうな顔をするルイーザ、意外に顔にでるタイプだな。反対に、すごーい、と素直なリアクションをしている女の子。


「……馬鹿にしないでください。私たちがもっと、もっと頑張ればいいだけの話なんですから、放っておいてください」


 ルイーザは苛立ちを見せてそう言った。だが、他の4人は顔を見合わせ、不安そうな表情を浮かべている。


「まぁ落ち着け、こうしよう。まずは2週間お試しと行こう、チャンスをくれるなら、この痛む尻と後頭部の事は綺麗さっぱり忘れる。ただし……」


 痛いところを突かれ、さらに顔を歪ませるルイーザ。ほんと顔に出るタイプだな。


「た、ただし……?」


 フワフワとした髪の少女が、舌ったらずのか細い声で呟く。


「もし《アードラー》を大人気傭兵団にできたら、ルイーザ、君は俺のハーレムに入るんだ!」


 ルイーザは軽蔑を全く隠そうともしない顔でこちらを睨んでいる。真面目なんだろうなぁ。他は、期待の視線を向ける者、笑う者、呆れる者、ルイーザを見て怯える者、うん、いいリアクションだ。


 さて、ようやく異世界らしい仕事に取りかかれそうだ。まさにピンチはチャンス、第6試合の幕開けだ。

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