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CASE5:オルター/ゴールデンサークル

 あれから3人でトレーニングを続けていくうち、オルターとナンシーはどんどんトレーニングにのめり込んでいった。


「クラークさん! 外はいい天気ですよ! せっかくですし走りに行きませんか?」


 ナンシーの鈴のような声が扉の向こうから聞こえる。母上め、今日は誰も通さないでくれとあれほど頼んだのに……。


「新しいメニューを考えました。これなら通常の腕立て伏せよりもさらに効率的に鍛えられます。一緒にどうですか?」


 なんなんだオルター。最初、お前「まぁ付き合いますけど……」くらいのテンションだったろ。


 そう、のめり込みすぎて、今日はお休みだと伝えたにも関わらず、こうして今自室のドアをノックしながら熱心に誘いをかけてきている二人。


「……今日はお休みって言っただろ。俺は今日、ずっと家にいたい気分なんだ! 放っておいてくれ!」


 今日は一日自室の『縮小版プレミヨン模型』作りに注力しようと思っていたからな、譲るつもりはない。それに、休みは誰にも会いたくないタイプなんだ俺は。


「えーせっかく来たのにぃ、というか、意外にインドアなんですね」


 ナンシーのいじけたような声が聞こえてくる。インドアで悪いか。


「ずっと家の中にいるなんて不健康ですよ。一緒に運動でもしましょうよ」


 お前ついこないだまで蝋みたいに青白い顔してただろうが。くそっ、社会人になった途端、大学生を見下すやつらと同じようなマインドセットになりやがって。


 それからしばらく攻防は続いた。結局、二人の熱意に折れて出掛けることにした。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 今日もうだるような暑さだ。町外れの丘までやってきてひたすら筋トレをしている。気持ちのいい風が汗だくの体を通り過ぎていった。


「ふぅ、今日もいい汗かきましたねっ」


「はぁ……はぁ……本当ですね。古い汗を出して、こうして新しい水を取り入れる。懸垂のやりすぎで手のひらがもうボロボロになってますが……うん、生きてるっ」


「……ヨカッタネ」


 ナンシーが差し出した水筒とタオルを受け取ってそう答える。二人は楽しそうだ。日に日に運動の強度が増していき、心なしかオルターの体格が良くなってきているように見える。昔から、ハマったことにはフルコミットだったからなぁ。表情も明るくなってきたし、これくらい付き合ってやるか。


 運動には中毒性がある。酒やタバコのように即効性のある喜びは手に入らないが、運動をした後は、心地よい疲れ、染み入るような満足が手に入る。やっている最中は頭を空っぽにできるのもいい点だな。


 ちなみに、脳の発達には、手と足を複雑に動かす運動の方が適している。たとえば、テニスやダンスなどだ。この様子だとそろそろそういうものを取り入れてもいいかもしれない。


「あ、オルター。あれから花屋との交渉はどうだ?」


「……何度か行ってますけど、毎回断られちゃってますね。取りつく島もないって感じです」


 お手上げ、と言わんばかりに両手をあげるオルター。


「他のお店は好意的ですし、あそこのお花屋さんにだけこだわる必要ってあるんですか? 何度か私も付いていってますけど、オルターさん頑張ってるのに話も聞いてくれないし……」


 芝生の上にボフっと座り込みながら、ナンシーが不満そうにぼやいた。まぁ、無理もないリアクションだ。


 それに、と続けて。


「オルターさんだって、ああいうタイプの人苦手ですよね?」


「……まぁ、得意ではない、ですね」


 クレアもおしとやかなタイプだったし(今は知らんが)耐性がないのかもしれないな。


「とはいえ、クラークさんのおかげで売り上げは5倍くらいに伸びましたし、もう少しだけやってみますよ」


「5倍ってすごい……」


「元が低すぎたってのもあるが、オルターとナンシーが地道な営業活動に取り組んでくれたおかげだ」


 その言葉を聞き、顔を綻ばせる2人。実際、2人はよくやってくれた。おかげでオルターの本屋も名前がかなり売れた。本を置いたブースにはオルターと店の名前を書いたポップも置いておいたからな。ちなみに、書いたのはナンシーだ。


「ところで、今日はカンパニュラのところへは行くのか?」


「そのつもりです。とは言っても、何か策があるわけじゃないんですけどね」


「そうか……なぁオルター、1つ聞きたいことがある。お前さ、なんで本屋を開こうと思ったんだ? 親御さんは全然違う仕事してたよな」


「えっ、なんですか急に。……そうですね、昔から本を読むのが好きだったんですけど、ほら、この街って本屋があんまりないじゃないですか。ならいっそ自分でって思ったんですよ」


「オルターさんって、意外に行動力ありますよね」


 ナンシーが感心したように言う。それを聞いたオルターは胸をそらして、続けた。


「子どもの頃から親父と折り合いが悪かったですし、外にも出なかったんで友人も少なかったんです。だから昔はそれに悩んでた時も多かったりして、でも、本を読んでいる間は自分から離れられるから、好きだったんですよ」


 懐かしむような口調で語るオルター、その目は優しい。


「……ナンシーだって、クラークさんだって、生きていくのって楽じゃないですよね。ナンシーはこないだ親御さんが倒れちゃったり、お店も大変だったり。まぁクラークさんがなんとかしてくれたみたいですけど」


 いつになく饒舌なオルター。長い付き合いだが、こういう話をするのは初めてだ。


 ナンシーは家族の治療費を稼ぐため、お店を盛り上げなければならなかった。その手伝いから、俺のハーレム計画はスタートしたのだ。


「でも、本を読んでいる間は、忘れられる。本にだけ集中できる。その時間ってすごく大切だと思うんです。現実逃避だって言われるかも、しれませんけどね」


「いや、俺も大事だと思うよ」


「私もです!」


 その言葉を聞いて、オルターが照れ臭そうに笑った。


「もしかすると、本屋を始めたのは、そういう時間を他の人たちにも楽しんで欲しかったのかもしれません……すみません長々と、つい語っちゃいました」


 オルターが話し終わると、ザァッと風が吹き、木々が揺れた。オルターの長い黒髪もふわふわと揺れ、いつも隠れている額がチラリと見えた。


 見渡す限り草原が広がるこの丘、豊かな草の香りを嗅ぎながら、木陰で語らうこの時間は穏やかで、なるほど、たしかに家にいては勿体なかったかもしれないな。


「オルター、おそらくだが、今日、カンパニュラからOKをもらえるぞ」


「……どういうことですか?」


 目を丸くする2人。


「今、俺たちに話してくれたことを伝えるんだ。そうすればきっとうまくいく。いいな?」


「……えー、恥ずかしいですよ。それに、それくらいでうまくいきますかね?」


「大丈夫だ。俺を信じろ」


「……はいはい、じゃあとりあえずやってみますね」


 反論を考えていた様子のオルターは、案外あっさりと折れてくれた。ナンシーはまだ半信半疑の様子だが、きっと大丈夫だろう。


 立ち上がり、三人で花屋に向かった。

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