CASE5:オルター/花屋のあの子
今日も本を置いてくれる店を探しに街を歩く。今回のターゲットは、この長い坂道の途中に建っている花屋だ。3人でせっせと上る。
「定食屋さん、武器屋さん、大工さん、八百屋さん、あと、うち、そして今日はお花屋さんですか」
ひとつ、ふたつと指を折りながらそう話す歩くナンシー。
「そうだ。今回はどんな本を置いてもらうかわかるかい?」
「えーっと、そうですねー……あ、この『プレゼントに最適なお花10選』とかですか!?」
「その通り! それ以外にも、恋人向け、お見舞い向け、お祝い用の花早見表、花言葉図鑑、育て方のノウハウ本などを置いてもらう予定だ!」
「考えてみると、なんで今までやらなかったんだろうって感じですよ。そりゃ売れるに決まってますよね」
大量の本を背負い、額に汗を浮かべているオルター。多少体力がついたのか、辛そうだが笑顔を浮かべている。
「うちにも、果物を使ったレシピの本を置きましたし、休み明けが楽しみです!」
「オーレリアの店に置いた『冒険を快適に進める8の方法』も売れ行きが好調みたいだな。あそこはもう少し種類を増やしてもいいかもしれないな」
「ですねー。ただ、あれもう買取式にした方がいいんじゃないですか? 集金に行くのも大変ですし」
「まぁ、最初はともかく、ここまで結果が出てくるとそれでもいいだろうな。だが、しばらくはこのまま続けて欲しい」
「ま、オーレリアさん可愛いし、別に良いですけどねぇ」
これは、有名な『ビールとおむつは一緒に購入されやすい』という都市伝説じみた話と同じ方法だ。おむつを買いに来たお父さんが、妻から頼まれたビールを買って帰る、つまり、顧客のストーリーを予想し、それに合わせた対応をして売り上げを伸ばす、という話を基にしている。
商品からではなく、お客様からスタートする。そう考えれば単純な仕掛けだが、その効果はなかなかに大きい。
そうは言っても、オルターの言うようにわざわざ店に足を運ぶ手間を増やす必要はない。本来ならば、むしろ手間は減らすべきだ。これについては狙いが二つあるから、しばらくは継続してもらおう。
「お、あそこですね。うわーなんか場違いって感じ」
オルターは少し緊張しているようだ。まぁ俺もここは一人だと入れないな……。
「友達から聞いたことあります。このお店、すごくオシャレで若い子たちに人気なんだって」
ナンシーの目は輝き、顔が華やいでいる。たしかに、看板からして見事な作りだ。花をテーマにしたレタリング、カラフルで嫌味のない色彩感覚、店主は相当いいセンスをしているな。
中に入ってまた驚いた。ステンドガラスを通して植物に降り注ぐ柔らかな光、鼻腔をくすぐる花の甘い香り、まるでここだけ別の世界のようだ。俺にとっては別の世界には違いないが。
「……らっしゃーい」
そして、そんなこだわり抜かれたお店に不似合いな、気の抜けた挨拶で出迎えてくれたのが店員のカンパニュラ。
淡い桜のようなショートカット、鋭い目つき、そしてけんもほろろな態度が印象的だ。見た目はハッとするほどの美人だが、近寄りがたい雰囲気があり、身につけた花柄のエプロンからは『着せられています』感が漂っている。
「やぁカンパニュラ、店長はいるかい?」
「いないよ。今出かけてる。……なんか用?」
うむ、無愛想だ。朱色の瞳を細め、腰に手を当てている。後ろの二人もたじろいでいるようだ。オルターはうねうねとした黒髪をいじって目を逸らしている。苦手なタイプなのかもしれない。
「ああ、実はお願いがあってな……オルター、本を」
「どうぞ」と背負った本の一冊を差し出すオルター、それを一瞥したカンパニュラだったが、どういうことか測りかねているようだ。
「店長には軽く話を通してあるんだが、これをここに置かせて欲しい。売れたら2割はそちらに支払う、どうだ?」
「やだね」
ツン、と食い気味で断られる。
「ま、待ってくれ。店長は了承してくれている。カンパニュラがOKしてくれるなら置いて構わない、と」
「だから、そのアタシが嫌だって言ってんだろ。帰んな」
取りつく島もないな。メリットが伝わっていないのか。
「たしかに花屋に本なんて、と思うかもしれないが、ここに買い物に来るお客様は……」
「しつこい。うちに、本は、置かない。それだけ」
朱色の目を細め、冷たく突き放すカンパニュラ。
「なぜそんなに嫌がる? せめて理由を」
「今までウチにそんなもん置いたことないし、嫌なもんは嫌。それだけ」
まずい、まさかここまで話を聞いてくれないとは。どんな業界にもアーリーアダプター(早期採用者)もいれば、、このようなラガード(保守派)もいる。しかし大抵はトップダウンの意思決定には従うものだと思っていた。
「ちょ、ちょっと。流石に少しくらい話を聞いてくれてもいいでしょう。別に損する話じゃないんですから」
「……はぁ、儲けたいならヨソに行きなよ。うちはやんないから」
見兼ねたオルターが口を挟むんだものの、カンパニュラは呆れたようにそう言い捨て、しっし、と手を振ってから花の手入れを始めてしまった。ナンシーはその様子を見てどうすればいいかわからず、オロオロと視線を泳がせている。
……どうやら、今日はここまでのようだ。退散するとしよう。
◇◆◇◆◇◆◇
オルターは先ほどの対応を腹に据えかねているのか、ピリピリしている。ナンシーはもう切り替えているようだ。まぁ商売をしていればああいう対応をされることもあるしな。
「……はぁ、なんなんですかあれ」
「びっくりしました……」
「仕方ないさ、こういうこともある。多分彼女は、儲けるということ自体に嫌悪感があるんだろう。罪悪感と言ってもいい」
「なんですかそれ、儲けないとお店やっていけないでしょ」
オルターが呆れたように言う。普通のリアクションだ。
「もちろんそうだ。しかし、お金をもらうことに後ろめたさを感じる人は案外多いからな。むしろ、あの子は『儲けるなんて卑しいこと』みたいに考えているのかもしれないな」
「……ちょっとわかるかも、私もついつい安くしたくなっちゃったりしますもん。たくさん買ってもらって、すごい金額になった時には少しだけ申し訳なかったり……」
ナンシーは体の前で指を組み、それが歩くたびに体にトントン、と跳ねている。
「ふーん、俺にはわかりませんね。それがないと著者は本を書けなくなりますし、本を届ける俺みたいな本屋だって立ち行かなくなります。そうなれば自分だって困るでしょうに」
よほど気に障ったのか、いつになくしかつめらしい顔だ。
「まぁ、オルターの言う通りなんだけどな。でも気持ちの問題に正解なんてない。今日は切り替えてトレーニングに行こう」
オルターがコクリ、と頷く。ずいぶんトレーニングにも前向きになってくれた。最近では、本を読んで知識も身につけているらしい。ナンシーもマメにノートをつけ、トレーニングの回数などを記録してくれている。うむ、やはりどこへ行っても運動は最強だな。しかし、オルターにはもう1つやってもらうことができた。
「……だが、オルター、お前はこれから毎日彼女のところへ行って交渉するんだ。いいな?」
「……正気ですか」
絶句し、眉をこれでもかと寄せているオルター。本来であればプランにはなかったが、このイレギュラー、オルター改造計画にいい影響を及ぼすかもしれないな。




