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CASE5:オルター/その名はテストステロン

 次の日、昼前にまた本屋に3人で集まった。今日も太陽が煌めき、体の芯まで焦がすような暑さだ。


 ナンシーは艶のある黒髪を頭の上で綺麗に結い上げていて、服装もシンプルでいつもとは違った印象だ。オルターもいつものようなダボっとした服ではなく、動きやすそうなシャツを着ている。昨日話しておいた通り、2人とも運動のしやすい格好だ。


 前々回のフローラと同様、今回も運動に取り組んでもらう。狙いはやはりメンタルの安定だが、それだけではない。


「クラークさん、今日はなにをするんですか? 一応、言われた通りの格好で来ましたけど……」


「……俺もスキピオみたいに日焼けしろってことですか?」


「まぁある程度は陽を浴びて欲しいが、違う。今日からは基本的にほぼ毎日筋トレをする。やはり、自己改革にはボディメイクが必要不可欠だからな」


 オルターは明らかに不満そうだが、ナンシーは納得してくれているようだ。援護してくれ、と目で合図する。


「男の子はやっぱりある程度は筋肉がないとですよ! 太い腕、分厚い胸、広い背中……女の子だったら絶対グッと来ます!」


「そ、そういうもんなんですか……?」


 オルターはクレア一筋で、ほかに親しい女性というのとナンシーくらいのものだからな、そのせいかこういう感覚が希薄だ。オルターは痩せ型で肌も青白い。別にそれに良し悪しがあるわけではないが、まぁ筋肉はあって邪魔になることはないからな。


「そうだ! その朽ちた枯れ枝のような身体で奴らを見返そうなど……笑止」


「そうそう! まずは見た目からですよ、人間は中身も大事ですが、中身は見た目に出ます。その認識をごまかそうなど……笑止、です」


「仲良いなアンタら……くそっ、そこまでいうならわかりました。やりましょう」


 頑張りましょう!と乗せるナンシー、瞳を燃やして乗るオルター。この2人仲良いな。


「よし、ではさっそく取り掛かるとしよう……じゃあ2人とも、まずは移動しよう。ダッシュでな!」


 そう言うや駆け出した。ナンシーとオルターは一拍開けて、急いで走り出した。さて、これは2人の体力を測るためでもある。どうなるか……。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 前にフローラを連れてきた町外れの丘までやってきて、木陰で一休み。後ろを見ると、やはりオルターは息も絶え絶えのようだ。汗だくで肩を激しく上下させ、必死に酸素を体に取り入れている。一方、ナンシーはまだまだ余裕といった様子だ。息は少し切れているが、乱れた髪の毛を結い直すだけの余裕がある。


「大丈夫か?」


 水を差し出しながら尋ねる。いつもは蝋のように青白い肌を真っ赤にしながら、オルターはこくりと頷いた。


 これは少し落ち着くまで待たないとな。ナンシーは苦笑いしながらオルターに声を掛けている。こうして見ると、本当の兄妹のようだ。


「息が整ったら次のトレーニングに移ろう」


「……はっ……はい……」


「はーい」


 やはりナンシーは余裕があるな。オルターは俺が渡した水はもう飲み干したようだ。それを見て、ナンシーが自分の水筒を差し出している。うむ、いい子だ。


「今のうちに、なぜ筋トレなのかについて詳しく話しておこうか」


「女の子に好かれるから、だけじゃないんですか?」


「もちろんそうだ。だが、その中身についても話しておこうと思う」


 ナンシーは芝生の上にぺたん、と座り込んで小首を傾げている。それに合わせて、結った黒髪がサラリと揺れた。


「中身、ですか?」


「ああ、なぜ筋トレをすればモテるのか、について話していこう。理由はたくさんあるが、とりあえず2つ


 1、自信がつく

 2、モテる体臭になる


 まぁざっくりだがな」


「色々聞きたいところがありますが、まず自信って、これって個人差がありそうっていうか……なんか感覚的な話に思えますよ」


 オルターが鋭いツッコミを入れる。ナンシーもたしかに、という顔をしている。


「いい指摘だ。自信、これを客観的に測ることは難しいと思うだろう。だが、自信がある人とそうでない人とでは、身体の中のある物質の量が違うという研究がある」


「なるほど……要は、筋トレをすればその物質が増えるから自信が増す、ということでしょうか」


「その通りだ。これが多い男性の体臭ほど魅力的だと異性に判断されやすいという実験もあるほどだ」


「えーホントですかぁ……たしかにマッチョは好きですけど……」


 怪訝そうなに片眉を上げるナンシー。地球の研究だからな、情報の出所をはっきり出せない以上、説得力は若干落ちてしまうな。


「まぁあくまで『されやすい』というだけで、もちろん例外はあるさ。だがオルター、君にはこの物質の素晴らしさはこれから嫌という程わかってもらえるだろうから安心してくれ」


「わかりました。ちなみに、その物質を増やす方法は筋トレ以外ないんですか?」


「あるぞ。睡眠時間を増やす、バランスの良い食事をとる、競争する、色々ある。だがまぁ、手っ取り早いのが筋トレだな」


 へぇ、と興味深そうなオルター。こっちの世界でもこういう研究はあるのかもしれないが、いかんせん情報の伝達スピードが遅いからな。


オルターはもともと読書好きというだけあって、こういう話には興味があるようだ。ナンシーは飛んでいる蝶を目で追い始めている。地球なら高校生くらいの年頃だし、あまり小難しい話はつまらないのだろう。そろそろ始めるか。


「さて、では始めようか」


「あ、私はどうすればいいんですか?」


「ナンシーは、俺たちのトレーニングの回数を記録しておいてくれ」


 記録用の紙とペンを渡す。ナンシーは「任せてください!」と元気よく受け取ってくれた。


「よし、じゃあ今日はスクワットと腕立て伏せをやろうか。オルター、準備はいいか?」


「……はい!」


「よし、では始めようか。ナンシー、頼むぞ」


「はいはーい!……じゃあ行きますよ〜、せーの、スタート!」


 1、2、ぐしゃ。となりのオルターが崩れ落ちた。ナンシーと顔を見合わせる。顔に絶望と失望を浮かべている。


「……すみません、クラークさん」


 湿った声だ。情けなさそうに歯を食いしばっている。だが、何も問題はない。


「オルター、何を言っている! 2回もできたじゃないか! 大丈夫だ。次は膝をついてやろう。ほら、こうだ! 俺が必ずお前を鍛える。だから一緒にもう一回だ!」


 腕立て伏せ、ナンシーのリアクションもわかるが、思った以上に辛いものだ。上半身の筋肉ほぼ全てを使うこの動き、一度もできない人さえ珍しくない。


「……クラーク、さん……はい!」


 目に浮かんだ涙をぬぐい、地面に両手をつけるオルター。いよいよ楽しくなってきたな。奮起するオルターを見て、ナンシーも嬉しそうだ。


「じゃあもう一回いきますよー! せーの……」


 太陽のまぶしい日差し、絵の具を塗りつけたように青い空、涼しい風……悲鳴をあげる筋肉、友と流す汗、可愛く黒髪を結った女子マネの応援……嗚呼、これこそ、夏だ。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 夕方、トレーニングを終え、街まで降りてきた。オルターはすっかりヘロヘロだが、悪くない顔をしている。ナンシーはそんなオルターを楽しそうに横目で眺めている。


「さて、トレーニングの後は当然風呂だ。近くの公衆浴場に行くとしよう」


「いいですねぇ、もう汗でベタベタで……」


「行きたいですー! 私ももう汗がすごくて」


 そう言って薄い服をつまむナンシー。艶のある黒髪が首筋に汗で張り付いている。うむ、夏はいい季節だ。


 3人ともクタクタになっていて口数が少ないまま歩いていると、ふとオルターが口を開いた。


「……なんか」


「ん? どうした?」


「……いや、なんでもないっす」


 何か言いかけてやめるオルター。少し気になったが、追求しないことにした。そうしている間に公衆浴場が見えてきた。


 だが俺はまだ迷っていた。そう、この施設の設置にはブラッドフォード家が関わっており、俺しか知らないある仕掛けがある。まだ一度も使ったことのないそれを、ここで使うか否か……。


 邪で貪婪な葛藤を抱えたまま、浴場の扉を開けた。

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