CASE5:オルター/舌鋒・雷
本屋を盛り上げる施策の説明が終わった。前回のことがあったせいか、ナンシーは比較的素直な反応をしている。
しかし、オルターは半信半疑といったところだ。結果が出れば納得してくれるだろう。こういう新しいことを行うとき、なまじその事柄に詳しい人の方が反応が悪かったりする。ナンシーのリアクションがいいのは、本屋が自分にとって距離が離れた場所だから、ということも関係していると思われる。
「でも、そもそもなんでこれするんですか? クレアさんを振り向かせるため、ですか?」
「いや? ああいう肌の黒いやつと、新しい恋に踏み出してキラキラしている女が俺は大嫌いなんだ。だから、オルターを社会的に成功させてあいつらにマウントを取りたいんだよ」
「ヒッ、真顔でなんてことを言っているんですか……クラークさんがそんな人だなんて知りませんでした」
唇に指をあて、おびえた顔のナンシー。おびえた顔もかわいらしい。
「どうとでも言うがいい、ナンシー。非難の声はすべて、いずれ俺の凱旋を称える万雷の拍手になるのだから」
「……違いますよクラークさん、俺たち、でしょ?」
オルターがにやりと笑いかけてきた。いい顔になったな。
「二人とも目が真っ黒です……」
「さて、さっそく取り掛かろう。時間は有限、今年の夏は暑くなるぞ」
まずはここから近い、あのお店に行こう。
◇◆◇◆◇◆◇
古い引き戸をガタガタと開けると、元気な声が迎えてくれた。
「いらっしゃいませー! ……あ、クラーク様」
「やあオーレリア」
声の主はオーレリア、さらさらとした金髪を後ろで縛っている。今はお店はミーティングスペースの時間ということもあり、何組かの冒険者たちでほどほどににぎわっている。オーレリアは厨房で洗い物をしているようだ。
「初めましてオーレリアさん、ナンシーです!」
「どうも、オルターです」
自己紹介する二人、オーレリアは相変わらず無表情だ。道中、奴隷だったこと以外は簡単に紹介してある。
「……こんにちは。オーレリアです」
そう言ってペコリと頭を下げるオーレリア。
「オーレリア、早速だが、実は頼みたいことがあってきた」
「……はい、なんでしょうか」
「何冊か本を置かせてほしい。そして、もしこれが売れたら売上の一割は君のものにしてくれ」
「……なるほど、それだけでいいんですか?」
「ああ、店の貴重なスペースを使うんだ。それだけでも十分すぎるほどありがたい」
オーレリアは了承してくれた。本の表紙を見て、俺の考えを察してくれたようだ。相変わらず物わかりがいい。
「じゃあオルター、早速そこのスペースに本を並べてくれ」
「はいはい」
本を陳列するオルター。
「よし、じゃあ頼むぞオーレリア。オルター、ナンシー、次の店に行くぞ」
それから何店舗か知り合いの店を周り、本を並べさせてもらった。
◇◆◇◆◇◆◇
一通り回りきり、店に戻ってきた。普段あまり出歩かないオルターはヘロヘロになっているようだ。
「さて、並行してオルター改造計画も進めていく。ここからがナンシーの出番だ、頼りにしてるぞ」
「頑張ります!」
元気よく答えるナンシー。うむ、やはり良い子だ。
「でもナンシーに何をしてもらうんですか?」
「ああ、ダメ出しさ」
「え?」
虚をつかれた顔をするオルター。
「こういう恋愛沙汰は、とにかく客観視することが難しい。女性の視点が必要だ。それにオルターと親しいならなおのこと、良くない点も見つけやすいだろう」
「えっ、でも……私そんな」
「これはオルターのためだ。……だが、オルターと俺は運命共同体、だからナンシー、俺にもダメ出しをしてくれ」
「そっ、そんな、クラークさん! 無謀ですよ!」
ナンシーからは匂いがする。そう、ナチュラルボーン毒舌の匂いが。だが、時には劇薬が必要だ。雷が人類に火を与えたように……そう、彼女の毒舌が俺たちにとっての雷となるのだ。
「いいんだ……さぁナンシー。始めてくれ」
「え、えぇ……」
「必要なことなんだ、頼む」
しばらく迷っていたナンシーだったが、俺たちの決意を感じ取り、静かに頷いた。その瞬間、一気に冷や汗が溢れ出てくる。『重い』と言われた時のオルターの顔が脳裏によぎる。逃げたい、今すぐあの小さな唇をガムテープでぐるぐる巻きにしたい。
「ではまず、見た目から……オルターさん……少しくらい服装には気を遣ってください。せめて、ヨレヨレの服は捨てましょう」
自分のことを言われているわけではないのに、心が抉られるようだ。何歳になっても、違う世界に来ても、若い女の子の言葉はいつだって男のハートを簡単に掘削してしまうものなのだ。
「わかり……ましたッ」
オルターは耐えている。目が充血し、唇は紫色、チアノーゼだ。オルターの呼吸は浅く、うまく酸素が循環していない。
「次にクラークさん……そのマントの柄、正直、ないです……」
「……ぐぅっ! ……すぐに処分しよう」
言われた瞬間にマントを剥ぎ取った。まだだ、まだ耐えられる。
「それと……」
え!? 続くの? まだ俺のターンなのか!
「色が多すぎです……もう少し、シンプルにまとめた方がよいかと……赤が強すぎる気がします」
「赤い服……全部捨てますッ……」
顔がカーっと熱くなり、鼓動が早くなる。耳まで真っ赤になっているのが容易にわかった。これ、一番イケてると思っていたんだがな……拳を強く握りしめ、なんとか耐えた。
それからだんだんとノリノリになっていくナンシーと死んでいく俺たち。だが、これでいいのだ。痛みこそが人を強くする。すべてはあいつに勝つために……。
痛みの時間は、深夜まで続いた。




