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CASE3:フローラ/春は雪景色につつまれて

 今日で約束の二週間が終わる。やれることはやったつもりだが、さてどうなるか。


 屋敷は相変わらず以前片付けた時から綺麗なままだ。そして、目の前のフローラの目の下の隈もかなり薄くなっているように見える。


 2人でテーブルを囲み、ノートを開いた。仕上げに入ろう。


「よし、フローラ、まずは2週間お疲れ様。最後に振り返りをして終わりにしたいと思う」


「はい。クラークさんもお疲れ様でした」


 フローラが入れてくれた紅茶を飲みつつ、話を進める。今日は右手にブレスレットをつけているようだ。


「ありがとう。この2週間、率直に言ってどうだった?」


「……ずっとあなたの視線がキモチワルかったですね。ただ、2週間前と比べるとかなり気持ちに余裕ができてきた気がします」


「そうか、それはなによりだ。視線については、まぁ必要経費だと思ってくれ」


「なに言ってるんだか」そう言いながら紅茶を口に運ぶフローラ。相変わらず気品漂う所作だ。


「1つだけわからないことがあります。あなたの行動には全て狙いがあったように感じていますが、私をあのカフェに連れて行ったのはどういう理由だったんでしょうか」


 俺が帰った後も話は大盛り上がだったらしく、マリアちゃんからもまた来て欲しいとせがまれたそうだ。うむ、狙い以上だ。


「頑張った君へのご褒美だと思ってくれ」


「支払いは私だったんですけど……」


 呆れた顔で至極真っ当な指摘をされてしまった。返す言葉がない。


「とはいえ、やはり狙いはあった。君にこの街で知り合いを作って欲しかったんだ」


 フローラはムッと不愉快そうな顔をして、長い足を組んだ。当然のリアクションだ。お節介な行動だし、大の大人相手にこれをしてしまったら見くびっていると思われても仕方がない。


「知り合いくらい……あなたの手を借りるまでもありませんでした。余計なお世話です」


 彼女の怒りはもっとも(尤も)だ。


「すまない、差し出がましいことだとは思ったんだが……」


「……でも、マリアちゃんと友達になれたから、特別に許してあげますよ」


 そう言って微笑むフローラ。これは嬉しい誤算だ。マリアちゃんに感謝だな。とはいえ、これは偶然だ。俺の浅慮は反省しなくてはならない。


「ありがとうフローラ。そう言ってもらえると助かる」


「感謝ならマリアちゃんにしてください」

 

「全くだな……。だが、正直に言おう。もし事前に、君が気を悪くするだろうとわかっていたとしても、俺は君をあのカフェに連れて行っただろう」


「つまりそれだけの理由が、あると?確かに素敵な場所でしたけど、きっとそれだけじゃないんでしょうね」


 興味深そうに質問をするフローラ。


「その通りだ。俺は最初、あそこで君とスコットを知り合いにさせたかったんだ。きっと相性がいいと思ったからね。そして、あの店以外にもいくつか候補を用意していた。もしスコットがダメなら別の店へと連れ回そうと思っていたんだ。まぁ嬉しいことに杞憂で終わったがね」


「どうしてそこまでして……」


 桜色の瞳が疑問符を浮かべている。


「君が小説を書けない理由、俺は心の問題だと確信した。さらにその原因で大きなものは3つ


 1、運動不足

 2、睡眠不足

 3、『孤独』


 他にも細々としたものはあるが、まずはこの3つに対処すべきだと考えたんだ」


「……つまりあなたは私が孤独だと考えたのですね」


 目を細めている。まぁそう見られていい気はしないよな。


「その通りだ。いや、正確に言うと、君が孤独かどうかはわからない。俺にわかったのは、君が『孤独感』を感じているということだ。1人家族から離れて知り合いのいない土地に来ればそうなる人の方が多いだろう」


「孤独であることと、孤独感を感じること、何が違うんですか?」


 フローラは足を組み直した。やはり、いい質問をしてくれる。


「孤独かどうかを決めるのは客観的な要素ではなく、その人自身がどう感じているかだ。一人きりで山に篭っていても孤独を感じない人はいるだろう。そして、君は孤独を感じているように私は感じたんだ」


「それはなぜ?」


「最初に質問した時、君は家族に関しての質問に答えなかった。だから家族との関係が、あまりいいものじゃないのかと思った。そして『自分でなんとかしないと』と何度か言っていたね。この2つは孤独を感じやすい人の特徴だ」


「……なるほど、否定はしません」


「あとは勘の部分もあったがね。話が逸れたね、続けよう。孤独は心と体に害を及ぼす。運動や自然の話と同じで、もともと人間は群れで狩りをしていたから、人間にとって孤独は不自然な状態なんだ。だからそれが続けばやはり悪影響が出てしまう」


 人間は250万年ほど狩りを暮らしていた。あまりに長い時間だ。だからその頃の名残りが人間には残っている。


「話はわかりました。それほどまでに、他者との関わりは大切ということですね」


「その通りだ。さらに孤独感は睡眠不足をもたらし、睡眠不足はより孤独感を強め、活力を奪う。そうなれば運動をやる気力も無くなってしまう」


「負のループ……ですね。たしかに思い当たるところもあります」


 辛かった頃を思い出したのだろう。フローラは桜の花びらのような唇を噛み締めている。辛い時には反対の腕に付け替えてくれと言って渡したブレスレット、会うたびつける腕が変わっていた。やはり今でも思い悩むことがあるんだろう。当然だ。習慣になっている思考パターンはそう簡単に変えられるものじゃない。


「君の抱えていた3つの問題はどれも深くリンクしていた。だから全ての改善に取り組む必要があったんだ。そして、これからもこれを続けていく必要がある」


「これからもずっと、ですか」


 悲しそうな顔だ。桜色の瞳が陰っている。


「そうだ。だが、ずっとかどうかはわからない。行動すれば必ずいい方向に進むことができる。君がこの2週間で、『心に余裕ができた』と言ってくれたようにね。少なくとも、昨日よりも後ろに行くことはないだろう」


 顔を上げるフローラ、これからも彼女の戦いは続いていく。だが戦い続ければ必ず前進する。それだけは間違いない。


「わかりました。クラークさん……改めてこの2週間、ありがとうございました」


 そう言って頭を下げるフローラ。銀の髪が揺れ、ハーブのような爽やかな香りがした。


「こちらこそ。フローラ、よく頑張ったな。だが結局、小説を書けるようにする、という約束は果たせなかったな、すまない」


「…………あ、あの……そのことなんですけど」


 ん?


「ごめんなさい。実は、私はただ小説が好きなだけで……ちゃんと書いたことはないんです。いつかそうなれたらいいなって思っていて……」


 気まずそうに謝るフローラ。ブレスレットをさすりながら、上目遣いでバツの悪そうな視線を俺に送っている。なるほど、小説の話になると態度が変わったのはそういう理由だったのか。働いていないとは言いづらかったんだろうな。


「……なんだ、そうだったのか。別に謝ることはないさ」


「怒って……いないんですか」


「別に怒る理由もない。むしろ話してくれたことが嬉しい。……小説家デビュー、応援してるよ、フローラ先生」


 もしかしたら、ここに来たのもそれが原因で実家と揉めたのかもしれないな。


「……クラークさん……ありがとうございます」


 微笑むフローラ、肩の荷が下りたのか、晴れ晴れとした良い顔をしている。


「さて、当初の約束通りであれば、もう2度と俺は君の前に姿を見せてはいけないんだが……」


「……もうっ、わかっています。条件が変わってしまったのですから、あの約束は無効ですよ。あー残念」


 わざとらしく両手を広げるフローラ。


「いやはや、俺も君を嫁にできなくて残念だよ」


「口の減らない男ですね……とはいえ、色々お世話になったのも事実。気が向けば、また一緒にお散歩くらいは付き合ってあげますよ」


 会った頃と比べると、態度がかなり柔らかくなったなぁ。あの頃のつっけんどんな態度も悪くなかったが、目の前で微笑んでいる姿の方が、やはり魅力的だ。


「……そのキモチワルイ視線だけは、なんとかしてくださいね」


 眉をひそめ、体を逸らされた。しっかり棘は残っていたようだ。


「……わかった。ありがとう、フローラ。また会いに来るよ」


 そう言ってフローラの屋敷を後にした。今回は反省の多い結果になったが、まだチャンスはある。諦めずにまたチャレンジするとしよう。


 さっそく家に帰って振り返りだ。俺は野望の炎をさらに燃え上がらせ、走り出した。ハーレムへの道は、まだまだ遠く、そして険しいが、俺が歩みを止めることはないだろう。


 俺は異世界最強無双勇者クラーク・ブラッドフォード。ハーレムを目指す俺の戦いは苛烈さを増していくのであった。

《参考出典》

・ジョン・J・レイティ(2009)『脳を鍛えるには運動しかない!』

・佐藤祐(2018)『最高の体調 ~進化医学のアプローチで、過去最高のコンディションを実現する方法~ (ACTIVE HEALTH 001)』

・センディル・ムッタイナタン(2015)『いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学』


どれも名著ですが、最高の体調が1番読みやすくてオススメです。

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