CASE3:フローラ/ブレスレット
次の日、フローラの屋敷にやってきたが、いくら呼びかけても彼女は出てこなかった。おおよそ察しはついている。気は引けるが、勝手に入らせてもらおう。たしか、フローラの寝室は二階だったな。
とはいえ寝室に入るのは気が引ける。外から声をかけてみよう。
「やぁフローラ! 扉をノックしたんだが返事がなかったんでね、入らせてもらったよ」
「ク、クラークさん! ……すみません。今日はちょっと、ご遠慮いただけますか」
声にいつもの余裕がない。まずは勝手に入ったことを咎められると思ったが。まぁ、理由はわかりきっている。
「当てようか。筋肉痛で動けない、そうだろ?」
「……だ、誰のせいだと思ってるんですか……」
「無論、俺のせいだ。だが、君のためだから我慢してくれ」
頼んでません! と恨めしそうに訴える声が響く。うむ、全くもってその通りだ。それにしても、やはり美人の怒った声というのはいいものだ。あんな見目麗しい美女の感情のベクトルが俺に向いていると思うと、なんだかゾクゾクしてしまうぜ。
「……またキモチワルイことを考えているんでしょう」
「フローラ、君の知性と感性には驚かされるばかりだ。エクセレント、その通りだ」
「心からあきれる人ですね……」
いかんいかん、フローラとの会話が楽しすぎてつい脇にそれてしまうな。時間は有限。少しでもコンパクトにできるように工夫しなくてはな。
「フローラ、今日は君に渡すものが三つある。それの説明をしたらすぐに帰るよ。安心してくれ」
「……わかりました。ちょっと待っていてください。着替えるので」
「無理はしなくていい。ここで説明してしまうから聞いておいてくれればいい」
筋肉痛の時は多少動いたほうがいいのは確かだが、少し心配だ。
「せっかく贈り物まで持ってきてくださったのに、顔も見せないなんて、そんな失礼なことはできません。……ま、頼んではいませんけどね」
淡白に見えて律儀なもんだ。根は優しいんだろう。最後の一言も照れ隠しにしか聞こえない。クラーク・ブラッドフォードの耳はそういう耳なんだ。
「お待たせ、しました」
油をさしていないロボットのような動きで扉を開けるフローラ。銀の髪には少し寝癖がついていて、桜色の瞳は半開きだ。寝起き特有の、なんだか安心する匂いをまとっている。
「まず、すまない。昨日はちょっと頑張らせすぎたな。とはいえ、よく付いてきてくれた、ありがとう」
「……そんなまっすぐに言われては、しょうがないから許してあげますよ。おかげでぐっすり眠れましたし、気分も悪くありませんしね」
腕を組み、片目だけ開いてそう言うフローラ。
「次からは一層気をつけるよ。さて、じゃあ手短にすませようか。まずはこれ、フルーツの盛り合わせと、肉のガッツリ入ったサンドウィッチとサラダだ。今日食べてくれ。味は保証する」
大きなバスケットを手渡す。意外だったようで、フローラは少し驚いている。
「……もうちょっとおしゃれなものの方がいいですが、正直助かります。この身体でどうやって用意しようかと考えてましたから」
よし、受け取ってもらえた。いらないと言われたらどうしようかとハラハラしていたんだ。バスケットの中身を見る目が輝いているから、言葉以上に喜んでもらえているようだ。しっかり栄養を取らないと、メンタルにも筋肉痛にも良くないからな。
「さて、次はこれ。日当たりのいいところに置いて、4、5日に一度水をやってくれ」
「これは……植物の鉢?」
「そう、昨日話した『自然に触れる』ってのは、一応こういうものでも少しは効果があるんだ。それにこいつは空気を綺麗にしてくれる性質もあるから、寝室に置いてもいいかもしれないな。睡眠の質が上がるぞ」
かわいい丸い葉っぱが特徴的な小さな観葉植物だ。庭に出るのも億劫な時もあるだろうから、一応渡しておこう。
「……そんな植物があるんですね。スペースがあれば、置いておきます」
フローラはバスケットを片手に持ち替え、鉢植えを受け取った。それからしげしげと葉っぱを眺めている。よかった、これも悪くないリアクションだ
「そして最後に、これだ」
両手がふさがっているフローラの右手にブレスレットをつける。真ん中でぱきっと割れる簡単な作りのもので、ピンクと薄いブルーの宝石で宝飾されている。
「……これは?」
「しばらくつけておいてほしい。そして、過去の辛いことを思い出したり、未来を想って不安な気持ちになった時は、このブレスレットを反対の手に付け替えてくれ」
「……? それになんの意味があるんですか? 何かそういう、魔法がかかっているんでしょうか」
フローラはブレスレットを観察している。
「いいや、それはただ俺が君に似合うと思って街で買ってきた普通のブレスレットだ。要は、自分の気持ちに自覚的になるためのツールだよ。放っておくと、人はどこまでもぐるぐると考え込んでしまうものだからね。まずは自分が何を考えているのか把握するために、こういうものを使うんだ」
「ふぅん、よくわかりませんけど、もらっておきます」
こう、女王さまに貢ぐ家臣のような感じがしてゾクゾクする。大変いい気分です。
「さて、じゃあ今日は失礼するよ。しっかり休んでくれ。ああそれと、少しだけ体を動かした方が治りが早いよ。余裕があれば試してみてくれ」
「ええ。できるかわかりませんが、やってみますね。それでは」
そう言ってフローラはバスケットと植物を持って寝室に入っていった。さて、帰って明日以降の準備をすることにしよう。
と、階段を降りようとしたところで扉の開く音がした。見ると、フローラの寝室のドアがほんの少しだけ開いたようだ。
「フローラ?」
そこから細くて白い右手がスッと出てきた。手首には、さっき渡したブレスレットが巻いてある。
「これ、悪くないデザインですね。……ありがとう」
フローラはそれだけ言って、腕をすぐに引っ込め、扉をそっと閉めた。喜んでもらえたようで何より。やはりフローラは優しい女性のようだ。
それにしても、プレゼントを渡すのはドキドキする。女性物なんて大抵の男にはよくわからないし、相手の趣味に合うのか、同じようなものを持っていないか、流行遅れじゃないか、考えればキリがない。
そう、プレゼント選びは修行だ。選んでいるときには、ああ、自分は相手のことを知らないのだと思い知り、少しだけショックを受ける。だが、その分、喜んでもらえた時の喜びはひとしおだ。
さっきのフローラの言葉を思い出す。うん、最高の気分だ。最近人気の流行歌を口ずさみながら、寄り道をして家に帰った。




