表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/53

CASE1:ナンシー/野望、誕生す

 俺の名はクラーク・ブラッドフォード。かつて隆盛を極めたブラッドフォード家の長男だ。


 俺には前世の記憶がある。そう、こことは違う、地球と呼ばれる星での記憶だ。


 しかし、最近まで俺はその記憶を失っており、純粋に、この世界の一員として今まで過ごしてきた。


 時折、脳裏をよぎる景色が、かつての俺自身の記憶だと気付いたのは数年前。


 それからというもの、俺の中のもう一人の俺、かつての自分が叫ぶのだ。




 ーーハーレムを作れ、と。




 ここは辺境の街・プレミヨン。王都アラハから遠く離れた田舎で、前回の暗い季節の被害の小さかった地域の一つだ。


 そして俺はこの街の領主を務めている。


 人口は多くはないが、旅人たちがよく通りかかる場所にあるため、彼らに向けた商売をして成り立っている。


 街の中央の道はレンガを敷き詰めて作られており、その上を冒険者や行商人、馬車がせわしなく歩いている。


 しかし、この街は危機に瀕している。そう、どいつもこいつも商売が下手なのだ。壊滅的にだ。


 そうなると必然的に我がブラッドフォード家も貧乏になる。それは困る。今日はどうしたものかと考えながら街を視察していた。


「……ん?」


「いらっしゃいませー! いらっしゃいませー!」


 果物屋の店員が懸命に客引きをしているようだ。だが、誰も目もくれず通り過ぎていく。


 通りかかる旅人に愛想よく声を掛け、無視されるたびにわずかに表情が曇る店員。しかし、すぐに笑顔を浮かべて客引きに戻る。


 人通りの多いメインストリートで、必死に客引きをする彼女の姿は、ひどく寂しげに見えた。


「やあ、調子はどうだ?」


「あ、クラーク様! ……全然です。ものはいいと思うんですけど、……」


 この子はナンシー。高校生くらいの年齢だが、この世界では立派な働き手だ。なんでも両親が病にかかっているらしく、毎日こうして必死に働いている。なんて健気なんだ。


 地球ならばアイドルになれるくらいのルックスをしており、クリクリとした瞳とツヤツヤした黒髪、スカートの下から覗く白いふくらはぎが眩しい。


 うむ、異世界とは素晴らしい。




「……わかった!」




「わっ! どうされたんですか?」




 その時、俺に天啓が舞い降りた。




 そう『困っている美少女に借しを作り、ハーレムを作ればいいじゃないか』と。


 なんて天才的アイデアだ。体に稲妻が走った。これなら彼女も救われるし、街も潤い、そして俺も嬉しい。一石三鳥だ。


 野望の炎を燃やす俺を心配そうに見つめるナンシー。ほっそりとしていて思わず抱きしめたくなるような身体だ。


「……ナンシー、俺がこの店を大儲けさせてやる」


「ええっ! 急にどうされたんですか?」


 ナンシーは嬉しさと困惑が混じったような顔をしている。


「だが条件がある」


「条件……な、なんでしょう……?」




「俺の嫁になれ」




「……え、えええぇえ!!」


 健康的な色の肌を真っ赤にして取り乱す。なんて素直なリアクションだ。ナンシーの愛らしさに感動しつつ、続ける。


「もしダメだったら、うちの財産を全てやろう。どちらにせよ、君に損はない。どうだ?」


「そ、そんな! いただけません!」


 ……いい子だ。是が非でもハーレムに加えたい。


「いいんだ、まずは二週間お試しで頼む、頼む、頼む、頼む」


「……わ、わかりました。クラーク様、よろしくお願いします」


 手を握りながら頼み込むと、勢いに押されたのかオッケーしてくれた。心の中でガッツポーズをしつつ、悪い男に捕まらないだろうかと少し心配になる。


 よし、そうなればまずは市場調査だ。早速取り掛かろう。


 こうして、地球と全く異なる世界で、俺の邪な野望はスタートした。最初のターゲットは果物屋のナンシーだ。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 ナンシーへの現状のヒアリングと、三日間の市場調査が終わった。


 まず、この店の商品は言うまでもなく果物だ。地元の農家から仕入れた安価で新鮮な高品質。一見すると文句の付けようがない。


 そして顧客は旅人と地元の住民。通りかかる人数でいうと7:3くらいだが、利用数でいうと真逆だ。


 営業が終わってナンシーと2人で作戦会議をする。顧客数、顧客の属性(旅人か住民か)、顧客が来た時間と人数のグラフを用意した。実際の数字を見せると、ナンシーは少し驚いていたが、実際に店頭で顧客に接していることもあり、肌感でなんとなくわかっていたようだ。


「地元の方は朝に来ることが多いんですね」


「ああ、反対に旅人は昼過ぎから夕方に多く来ているな。少し歩いたところに宿が集まっている街があるから、そこで泊まった客と泊まる予定の客が通りかかっているんだろう」


「あ、そういえばお客様がそんなこと言ってました!」


 ハッとしたようにナンシーが言う。仕草の一つ一つが子犬のようだ。


「そうか、なら一旦整理しよう。グラフを見ると、この店に来る客の内訳はこうだ」


 ・7割 地元住民

 ・2割 宿に泊まる旅人

 ・1割 宿を出た旅人


「そして、この店で取り扱っているのは……」


「採れたての果物をそのままお売りしてます」


「そうだな、さっき俺も買って食べたが、どこに出しても恥ずかしくない味だろう」


 そういうとナンシーの表情がパッと明るくなる。花のような笑顔でときめくが、今はそういう時間ではない。


「だが、売り方がよくない」


「え……?」


 一瞬でシュンとした表情になる。愛いやつめ。


「ナンシー、地元住民はなぜ朝に果物を買うと思う? おそらく、俺よりも君の方がよく知っているはずだ」


「え、えっと……朝ごはんに使うんじゃないでしょうか。前にお客様がそんなことを言ってました」


「うむ、しっかり把握しているな、えらいぞ。その通りだ。ならもう一つ、なぜ朝に果物を食べると思う?」


 褒められて嬉しそうな顔になるが、再度質問され、顎に細い指を当ててうーんと唸っている。


「うーん、お仕事前の朝は忙しいから、パッと食べられるものが欲しいんじゃないでしょうか……?」


「正解だ。勘もいい、しっかり顧客像をつかんでいる証拠だ」


 えへへ、と頬を赤らめるナンシー。嫁より娘にしたくなってきた。


「だから一つめの作戦は『カットして売る』だ!!価格は1割増しでな! そしてナンシー、君はこう言ってお客様に声をかけるんだ『包丁も使わず、そのまますぐに食べられます』と」


「え、え……それだけ? それだけなのに価格を上げちゃうんですか?」


「そうだ。まずは明日から始めよう。いつもより少し早起きになるが、大丈夫か?」


 まだ完全に腑に落ちてはいないようだが、はい! と元気よく返事をしてくれた。娘にしたくなってきた。


 さて、おそらく結果はすぐに出るだろう。明日が楽しみだ。

ここまでご覧いただきありがとうございます。

コンサルティングの皮を被った娯楽小説ですので、気楽に楽しんでもらえると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ