CASE1:ナンシー/野望、誕生す
俺の名はクラーク・ブラッドフォード。かつて隆盛を極めたブラッドフォード家の長男だ。
俺には前世の記憶がある。そう、こことは違う、地球と呼ばれる星での記憶だ。
しかし、最近まで俺はその記憶を失っており、純粋に、この世界の一員として今まで過ごしてきた。
時折、脳裏をよぎる景色が、かつての俺自身の記憶だと気付いたのは数年前。
それからというもの、俺の中のもう一人の俺、かつての自分が叫ぶのだ。
ーーハーレムを作れ、と。
ここは辺境の街・プレミヨン。王都アラハから遠く離れた田舎で、前回の暗い季節の被害の小さかった地域の一つだ。
そして俺はこの街の領主を務めている。
人口は多くはないが、旅人たちがよく通りかかる場所にあるため、彼らに向けた商売をして成り立っている。
街の中央の道はレンガを敷き詰めて作られており、その上を冒険者や行商人、馬車がせわしなく歩いている。
しかし、この街は危機に瀕している。そう、どいつもこいつも商売が下手なのだ。壊滅的にだ。
そうなると必然的に我がブラッドフォード家も貧乏になる。それは困る。今日はどうしたものかと考えながら街を視察していた。
「……ん?」
「いらっしゃいませー! いらっしゃいませー!」
果物屋の店員が懸命に客引きをしているようだ。だが、誰も目もくれず通り過ぎていく。
通りかかる旅人に愛想よく声を掛け、無視されるたびにわずかに表情が曇る店員。しかし、すぐに笑顔を浮かべて客引きに戻る。
人通りの多いメインストリートで、必死に客引きをする彼女の姿は、ひどく寂しげに見えた。
「やあ、調子はどうだ?」
「あ、クラーク様! ……全然です。ものはいいと思うんですけど、……」
この子はナンシー。高校生くらいの年齢だが、この世界では立派な働き手だ。なんでも両親が病にかかっているらしく、毎日こうして必死に働いている。なんて健気なんだ。
地球ならばアイドルになれるくらいのルックスをしており、クリクリとした瞳とツヤツヤした黒髪、スカートの下から覗く白いふくらはぎが眩しい。
うむ、異世界とは素晴らしい。
「……わかった!」
「わっ! どうされたんですか?」
その時、俺に天啓が舞い降りた。
そう『困っている美少女に借しを作り、ハーレムを作ればいいじゃないか』と。
なんて天才的アイデアだ。体に稲妻が走った。これなら彼女も救われるし、街も潤い、そして俺も嬉しい。一石三鳥だ。
野望の炎を燃やす俺を心配そうに見つめるナンシー。ほっそりとしていて思わず抱きしめたくなるような身体だ。
「……ナンシー、俺がこの店を大儲けさせてやる」
「ええっ! 急にどうされたんですか?」
ナンシーは嬉しさと困惑が混じったような顔をしている。
「だが条件がある」
「条件……な、なんでしょう……?」
「俺の嫁になれ」
「……え、えええぇえ!!」
健康的な色の肌を真っ赤にして取り乱す。なんて素直なリアクションだ。ナンシーの愛らしさに感動しつつ、続ける。
「もしダメだったら、うちの財産を全てやろう。どちらにせよ、君に損はない。どうだ?」
「そ、そんな! いただけません!」
……いい子だ。是が非でもハーレムに加えたい。
「いいんだ、まずは二週間お試しで頼む、頼む、頼む、頼む」
「……わ、わかりました。クラーク様、よろしくお願いします」
手を握りながら頼み込むと、勢いに押されたのかオッケーしてくれた。心の中でガッツポーズをしつつ、悪い男に捕まらないだろうかと少し心配になる。
よし、そうなればまずは市場調査だ。早速取り掛かろう。
こうして、地球と全く異なる世界で、俺の邪な野望はスタートした。最初のターゲットは果物屋のナンシーだ。
◇◆◇◆◇◆◇
ナンシーへの現状のヒアリングと、三日間の市場調査が終わった。
まず、この店の商品は言うまでもなく果物だ。地元の農家から仕入れた安価で新鮮な高品質。一見すると文句の付けようがない。
そして顧客は旅人と地元の住民。通りかかる人数でいうと7:3くらいだが、利用数でいうと真逆だ。
営業が終わってナンシーと2人で作戦会議をする。顧客数、顧客の属性(旅人か住民か)、顧客が来た時間と人数のグラフを用意した。実際の数字を見せると、ナンシーは少し驚いていたが、実際に店頭で顧客に接していることもあり、肌感でなんとなくわかっていたようだ。
「地元の方は朝に来ることが多いんですね」
「ああ、反対に旅人は昼過ぎから夕方に多く来ているな。少し歩いたところに宿が集まっている街があるから、そこで泊まった客と泊まる予定の客が通りかかっているんだろう」
「あ、そういえばお客様がそんなこと言ってました!」
ハッとしたようにナンシーが言う。仕草の一つ一つが子犬のようだ。
「そうか、なら一旦整理しよう。グラフを見ると、この店に来る客の内訳はこうだ」
・7割 地元住民
・2割 宿に泊まる旅人
・1割 宿を出た旅人
「そして、この店で取り扱っているのは……」
「採れたての果物をそのままお売りしてます」
「そうだな、さっき俺も買って食べたが、どこに出しても恥ずかしくない味だろう」
そういうとナンシーの表情がパッと明るくなる。花のような笑顔でときめくが、今はそういう時間ではない。
「だが、売り方がよくない」
「え……?」
一瞬でシュンとした表情になる。愛いやつめ。
「ナンシー、地元住民はなぜ朝に果物を買うと思う? おそらく、俺よりも君の方がよく知っているはずだ」
「え、えっと……朝ごはんに使うんじゃないでしょうか。前にお客様がそんなことを言ってました」
「うむ、しっかり把握しているな、えらいぞ。その通りだ。ならもう一つ、なぜ朝に果物を食べると思う?」
褒められて嬉しそうな顔になるが、再度質問され、顎に細い指を当ててうーんと唸っている。
「うーん、お仕事前の朝は忙しいから、パッと食べられるものが欲しいんじゃないでしょうか……?」
「正解だ。勘もいい、しっかり顧客像をつかんでいる証拠だ」
えへへ、と頬を赤らめるナンシー。嫁より娘にしたくなってきた。
「だから一つめの作戦は『カットして売る』だ!!価格は1割増しでな! そしてナンシー、君はこう言ってお客様に声をかけるんだ『包丁も使わず、そのまますぐに食べられます』と」
「え、え……それだけ? それだけなのに価格を上げちゃうんですか?」
「そうだ。まずは明日から始めよう。いつもより少し早起きになるが、大丈夫か?」
まだ完全に腑に落ちてはいないようだが、はい! と元気よく返事をしてくれた。娘にしたくなってきた。
さて、おそらく結果はすぐに出るだろう。明日が楽しみだ。
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コンサルティングの皮を被った娯楽小説ですので、気楽に楽しんでもらえると嬉しいです。