悪夢とリアルと異世界と
上手く生きていたのなら、間違えずに正しく生きていたのなら、今の俺はこんなじゃなかったのかな。
世界の真ん中にいるような錯覚を起こす全てを失った焼け野原の中。俺はそんな言葉を呟きながら枯れたはずの涙が頬を伝うのを永遠に感じていた。
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その高校生2年目、瀧友希は捉え所のない人間だった。成績も中の上くらいで、おまけに人付き合いのための愛想も兼ね備えていない。強いて特徴をあげれば、家が町一番の神社であることくらいだろう。何も無い。これが17年間で彼が得た自己分析だ。そしてそれは的確に的を射ていた。親友もいなければ、彼女がいない歴=人生でもある。誰からも特別な感情を受けた事がない。まあ、これに関しては自分が他の人に対して恋愛や親愛の感情を抱いたことがないのだから返ってくるものもないというのが原因ではあるのだが。
暑い夏の日の放課後。
「今日は変な夢を見たなあ。」とつぶやきながら友希は自動販売機へと向かっていた。暗闇の中から白い手が自分を手招きしていた。というか引っ張りこもうとしていた。何か言葉のようなものも聞こえた気がした。上手く聞き取れなかったが。そして耳元で「祟り....見つけた....」と中性的な声で囁かれたところで目が覚めた。何とも気持ち悪い。
飲み物を選んでいると、
「私、コーラね!」などと後ろからくっついてきてほざいているやつがいる。まあこの学校で友希に積極的に話しかけてくる奴なんか一人しかいないのだが。うるさいと言いながら首に回された腕を振りほどく。えーっ!と不満を漏らしながら離れたのが子供の時からの幼馴染、百鬼麗奈だ。うちの町の別の神社の一人娘。家族ぐるみで関係はあるし、周りから見ればそういった関係のように見えるかもしれないが、いかんせん付き合いが長いから色々話すというだけだ。恋慕の情を意識したことは一度もなかった。
「なんか顔色悪いけど何かあったの?」麗奈が急に訪ねてきた。嫌なことに気付きやがると思いながらも、今日の夢について話した。悪い夢は他人に話せ、と言うし。麗奈も気持ち悪い夢だと感じたらしく、「大丈夫?」と心配されたが、ただの夢だからとなぜか最後には友希の方が励まし、はぐらかしていた。麗奈が帰ると、いつもの通り友希は学習塾へとむかうのだった。
その日は夕方もやたら陽炎というのだろうか、蜃気楼とでもいうのだろうか、モヤのようなものが見えるくらい暑いままだった。まるでこの街自体が歪んでいるかのようにさえ見える。そんなことを考えながら友希が塾へと向かい、人通りの無い寂れた公園の中を歩いていると、ふと気配を感じた。
・・・少なくとも人ではない。呼気も足音も無い。認識した相手に本能的に恐怖感や嫌悪感を植え付ける何かだ。目を合わせたらマズイと感じ、足早に通り過ぎようとすると、急に静かに笑い出し、「ねえ」と話しかけてきた。それだけで鳥肌が立つような不快感が押し寄せてくる。それでも友希は通り過ぎた。・・・通り過ぎようとした。・・・通り過ぎることが出来なかった。足が動かない。ロウに固められたかのように曲げ伸ばしすらすることが出来なくなっていた。足が吊るかのような痛み。恐怖に駆られながら今の自分、そして助けになりそうなものを探し、周りを見渡す。何もない。もう一度正面に振り返った。それが目の前にいた。身長は小さめの中学生くらいだろうか。真っ黒なフード付きのマントのようなものを被っていて顔は見えない。自分よりはるかに小柄なのに怖くてたまらない。神社の息子ということもあり、なんとなくそれっぽい気配を感じたことはある。ただこんなに強く存在を感じるヤツは初めてだ。息をのんでいると、頬を手で撫でられた。感触も青白い色も到底人間、もはや「霊」でさえないように感じた。強いてこいつに名前をつけようとするなら、「ナニカ」だろうか。間違いなく友希やこの世界の人間が知らない何かではあるが、物ではない気はする。ただ生き物として自分たちと同じ立場だと受け入れるにはあまりにも不快な存在だった。とにかくこいつというものが本当に分からない。あるのは関わりたくないという強い拒否反応だけだった。
その「ナニカ」が耳元で中性的な声で言葉を発し始める。
「やっと見つけた。やっと見つけた。やっと見つけた。やっと見つけた。やっと見つけた。やっと見つけた。」独り言のように無我夢中で呟いている。友希はその声を聞くだけでも急に体温が下がり、脈が弱くなるような感覚に襲われた。この嫌悪の原因は全く分からない。必死になって助けを求めようとするが喉の筋肉が閉まってしまい、声が出ない。吐き気ばかり高まる。
そして。
「ようこそ。祟り。ようこそ。祟り。嫌だ?祟り。嫌だ?たたり。ダメ。祟り。・・・さよなら。」
ナニカの後ろから黒い影がいくつも伸び、友希を囲み、友希の中へと入りこんでいった。体の中を悪寒が走り、内側からまさぐられているような感覚に嘔吐する。この不快感が頭へと進んだ瞬間、脳の内部をぐちゃぐちゃに荒らされているような感覚に陥り、友希は思考を放棄した。様々な経験や思い出がまとめて脳のなかで反芻してくる。声、匂い、痛み、喜び、絶望、今までの人生の中で経験したもの全てがまとめて感覚神経を襲う。
「・・・あ?」ナニカが戸惑いの声を上げる。
「これだれ?これだれ??これ。これ。祟り。祟り。コイツ。コイツ。これだれ!!」いきなり怒り狂って叫びだす。
「・・・レイナ?」急にナニカの口から信じられない言葉が出てきた。
友希は完全に気付いた。
「やめろ!麗奈には手を出すな!」叫び声がむなしく響く。
「・・・さよなら。」相変わらず無感情で冷酷な声を聞きながら襲い来る黒い影に包まれながら友希は意識を失った。
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「っぐっ。」風を感じ、友希は意識を取り戻した。周りは山。もう訳が分からない。友希は間違いなく公園にいたはずだ。
「ここはどこだ?あの不気味なやつは?....麗奈は?」周りを見回すが答えはどこにもない。ここにいてもどうしようもない。かなり近くで獣の声が聞こえたことがかなり気がかりではあるが、おもむろに山を下りだした。しばらくすると、
「ん?なんだお前?」確実に会ってはいけないものに会ってしまった。驚き、恐怖のあまり思わず膝から下が笑い出す。友希の記憶が正しければ背中から4枚羽が生えていて鳥の顔をした生き物など友希のいた世界にはいないはずだ。ただでさえついさっきまで大型の狼のような生き物から必死になって隠れ逃げていたばかりの満身創痍状態の友希は絶望のあまり思考をやめようとするになる自分を励まし、必死に膝が崩れないようにしながら自分の脳をフル回転させようとする。
「ああ、つまりこれは・・。」口に出したらもう否定することはできないであろう現実を受け止めようとする。
「元いた世界はどこ行った...」目の焦点すら合わないまま友希はそうつぶやき、キャパオーバーした脳が機能を停止し、意識が奥深くへと沈んでいくのを感じるのが精いっぱいなのであった。